毒多の戯れ言

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zoom RSS 「存在の不思議」…子どもは本当に思うんだ

<<   作成日時 : 2008/07/30 14:47   >>

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日曜日、スーパーマーケットの雑踏でふと息子が言った。

「なぜ、ボクは○○という名前で、ここにいるの? なぜ生きてるの?」

えっ? ワタシはじっと息子の顔をみつめた。

「だから、なんで生まれているの」

伝わらないだろう不思議な感覚をなんとか言葉にしようとしている。

そんな子どもを見ていると笑みがこぼれた。

大人になるにつれ、誰もが忘れてしまう「存在」の不思議。

ワタシも忘れてしまった感性。

理性で解ろうとしてもなかなか掴めない不思議の根源。

誰もがこの不思議に固執しないで、感性を退化させていく。

子どものころには不思議だとおもっていたことさえ忘れてしまう。

忘れてしまったことさえ忘れてしまう。

ほんの一瞬の感性。

新鮮な言葉。

子どもは本当にこの不思議を感じるんだ。 すごい。

この小学校3年生の子どもの言葉を耳にできたことに感動した。

子どもは凄いな。

ほんと凄い!!



ワタシは息子に言った。

「不思議だね〜、ほんとフシギだ。みんな不思議に思ってたはずなのに、忘れてしまう。君は忘れずにずっと考えていくといいよ。」って。






ずっと、忘れずにいてくれるだろうか?

いつか、深く考えてくれるのだろうか?






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コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
そうですか。Jr.stoneflyがそんなことを言いましたか。

それは、大人への第一歩じゃないでしょうか? はじめて「自己」に気がついた。それも雑踏の中で。たくさんの人がいるのに、そのなかの誰とも違う自分がいる。自分と他者とを相対的に眺めることができるようになって、「自己」を発見した。他の誰とも違う「自己」の存在の不思議。

でも、天邪鬼な愚樵は思ってしまいます。いつまでも「自己の存在の不思議」を考えずにはおられない人生なんて、不幸なんじゃないだろうかと。実り豊かな人生だろうとは思うけど、試練もまた多いんじゃなかろうかと。

「彼を試みにひきたまわざれ」

と祈りたいような気持ちにもなります。

いや、そうじゃない。そうじゃなくて祈りたいのは、「試み」に打ち克つ生命力をJr.が「育む」ことができますように。こればっかしは「教える」ことはできませんからね。
愚樵
URL
2008/07/30 19:27
性教育のチャ〜ンス♪(^▽^)/

おすすめの本を紹介しよう♪と探したら、昨今のバッシングのせいか、とても良質な本が手に入らなくなっている・・・。(泣)

兄さん向けにはこんなのかな。
http://www.amazon.co.jp/dp/4883226883/
息子さんには、
http://www.amazon.co.jp/dp/4265006043/
とか・・・。山本直英さんの本は間違いがないと思います。他におすすめは「おちんちんの話」「せっくすのえほん」「赤ちゃんの誕生」など。

これも必読。
http://www.amazon.co.jp/dp/4272411535/
水葉
URL
2008/07/30 20:07
こんばんは。先日はお世話になりました。
考えてみたらブログ休止のご挨拶もしていませんで・・・大変失礼いたしましたm(_ _)m

我が家のこどもたちも例外ではなく、ある日その疑問にたどりつきました。やはり日常の何気ない瞬間(確か夕食時)でしたね。

で、私も愚樵さんと少しかぶってしまうのですが、
この「哲学的問い」は、「一旦忘れてまた戻ってくる」ところに意味があるんじゃないかと思うのですよね。
我が子に問いかけられて初めて、私自身も幼い頃抱いたこの問いに「戻ってこれた」わけなのですが、
それまでそんなことを考える間もなく、懸命に生きてきた時間があったからこそ、同じ問いが違う重みを持つような気がするのです。

それにしても、この「存在」についての疑問、きっと子どもは皆抱くのでしょう…人間って本当に不思議な生き物ですね。
Light
2008/07/31 02:10

愚礁さん

言いましたよ。これ実際に聞けるとは思っていませんでした。新鮮です。
池田晶子は、「人間の存在の不思議」を忘れるか、固執するかは、才能だと言ってました。
この才能をもった人がそこにこだわり、思索し続けると「哲学者」という変人になるんでしょうね。
「忘れないで考えれるといいね」とワタシは言いましたが、これ以上のことは言えませんし、言いません。彼が忘れるか固執するかは、彼次第、というか、彼にも解らないでしょう。
ワタシはなんとなく、彼も普通に忘れるような気がしてます。(笑)

>こればっかしは「教える」ことはできませんからね。

まったくです。

dr.stonefly
2008/07/31 09:51

水葉さん

きゃぁ〜、そう来たのね。またえらく水平視線な。って、また訳の分かんないこと言ってごめん。
ご紹介の本は、やっぱ読んどいたほうがいいのかな。

ワタシが子どもの頃は、小学校6年で1時限のみ性教育の時間があったのだけど、あとは、こそこそとエロ本や、ツレなんかの横の繋がりでいい加減な知識を学習。そこをオープンに語ることに罪悪感が生まれ、密かな行為として人前で語ってはいけないという強迫観念を植え付けられ……。
それは恥ずかしい行為という社会通念に押し殺され……。

というわけで、ツレアイが専門家なので、まかせようかなぁ、と思っているんですが、ダメかな?

最後のバッシングは、読んでみようかな(笑)。

dr.stonefly
2008/07/31 09:51

Lightさん

いえいえこちらこそ、ありがとうございました。
ブログは、もっと建設的なテーマを軸に再開されるといいな、と思っています。
>「一旦忘れてまた戻ってくる」
戻ってこない人も多々いると思いますが、戻って来た大人は、あれやこれやと頭で考えてしまって、その純粋な不思議ってのを思い出せないのですよね。
そのことを思うと、子どもに「どんか感じ」ってのを根掘り葉掘りきいてみたい気もしますが(笑)、きっと言葉にできないでしょう。

それにしても

>「存在」についての疑問、きっと子どもは皆抱くのでしょう…人間って本当に不思議な生き物ですね。

ほんとですね。

dr.stonefly
2008/07/31 09:52
こんちゃ。
TBの確認に来ました。
小学校3年は早熟というべきかなあ。小学校高学年から中学生ぐらいが、一番、存在とか認識とか自我とかについて考えるんじゃないかな。成長しても別に忘れはしないと思うけどね。
小学生か中学にあがる頃か、友達と世界は本当にあるのか、あると思っているに過ぎないのか、って議論した記憶があります。
知識が「制度化」されるから、哲学として考えるようになる。
まあ、ラベルを貼って知識を整理するようになるんだから、それも必要なんでしょう。
kuroneko
2008/07/31 10:37
kuronekoさん、いらっしゃいませ。

TBありがとうございました。おもしろかったです。
将来のことや社会なんかが見えてくる小学校高学年や中学生になってから思う自我と同じなのかなぁ、という思いもあります。小学校3年生は、もっと素朴な原始的な「居るんだぁ」という感覚のような気がしてます。というか、そうあって欲しいとう願望かな(笑)。

ワタシの子どものころの疑問は、ワタシが見ている「緑色」と他の人が見ている「緑色」は同じ「緑色」なのだろうか? という疑問です。ワタシが「緑色」と認識している色を他の人は、ワタシが知覚している「赤色」に見えているのではないか? ワタシが森林などをみて「落ちつく風景」だと感じているのは、他の人には、ワタシが「サイケ」だと知覚している風景に見えていて、それを「落ちつく」感覚と感じているのではないか? という疑問でした。他の人がどう見えているかは私には解らない。という認識からです。

あ、覚えてますね。
でも、どこか成長の過程で、深く追求することは「下らない」と思ってしまったようです。
dr.stonefly
2008/07/31 13:15
「緑色」思いましたね〜。^^

性教育は、両親で格闘しながらというのがいいように思います。性を語るのは自らを語ることに通じますから「任せたい」気持ちになるのもわかりますが、男の子にとって父親の等身大な姿勢から得るものは大きいんじゃないのかな。商業主義的な「劣情」から性を知る前に、、と思います。どうぞ逃げずにチャレンジしてみてください。^^

生殖の不思議は存在の不思議と不可分だと思います。
水葉
URL
2008/07/31 17:24
兄が7歳のとき、母に「人間は死ぬなら、なぜ生まれてくるの?」とたずねたそうです。

この質問をムスメに投げかけられたら、正直いって答える自信がありません。というか、これは一生、自分自身で考え続けるしかないんでしょうね。

でも、自分のことを考えると、はじめて自分が「モノ」の塊でできていると実感したとき、生命はなんて不思議なんだろう、と思いました。モノが考えて話しているなんて。それはいずれモノに戻るというだけではなく、日々、自分だったモノがただの物質に戻っているんですよね。
えあしゃ
URL
2008/07/31 22:56

水葉さん、
ね、「緑色」思うよねぇ〜、これ聞いたり、教えられなくても「ふと」思うんだよね、ふしぎだね、

性教育は頑張ってみます。まず自分に打ち勝たなければ。…と、あんまり気張ってもダメそうですね。勉強しながら、ぼちぼちいきます。




えあしゃさん、おはよう。
いきなりですが、

>「人間は死ぬなら、なぜ生まれてくるの?」

これは凄い。

生まれて来たから死ぬのか、死ぬために生まれてくるのか、うーん謎だ。さらには生まれてくるのは「身体(モノ)」なのか? じゃあ「心(喋っている何か)」なのか、「身体」が死んで行くのが「心」はどうなるのか? 解らないことだらけ。うーん垂直!?

dr.stonefly
2008/08/01 08:48

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