|
なんか、NHKクローズアップ現代みたいなタイトルになってしまったな(笑)。 まあ、取材したわけではないのだけど、ここのとこ偶然違う場所で聞いた同じ内容の話しについて考えてしまった。それがタイトルの内容。ちょっと今の自分の子どももさることながら、自分が子どもだったときを思い出しながら、みなさんに問いかけてみようと思ったわけだ。 話しの発端は、親が働いていて昼、家に大人がいなくても「学童を辞める子どもが多かったり、最初から学童に入所する子が少ないのだけど、そういう子どもたちは、いったいどうしているか?」ということ。学童というと「共働き」の貧乏臭い家庭の子どもが行くところと思われがちだが、その保育料の高さから、一部には裕福な家庭の子どもがいくところと見られているらしい(爆)。確かに年間25万以上の出費は痛い。ワタシなぞ決して裕福ではないのに……。 で、その保育料の高さで辞めたり、最初からこなかったりする子どもは、名古屋市の施策で放課後を過ごすことができる「トワイライトスクール」へ行っているのかと思いきや、これがそうでもない。どうも「つまらない」という理由でいってないことが多いとのこと。で、どうするかと言うと、「鍵っ子」(携帯もセットで首から吊す)となり、町中を漂流しているというのだ。 ある子は公園で、学童の子が公園に遊びにくるのを待って混ざって遊び、ときには、なかなか来ないと学童まで呼びにくるらしい。まあ、これなんかは、学童の子と一緒に遊んでいるのだからいいとしよう(笑)。ただし毎日学童の子が公園へいくわけじゃない。別の子は、友だちの家にもぐり込み、6:30(自分の母が仕事から帰る時間)までなにがなんでも居座る、という。なんとも逞しいのだけど、親同士の関係の悪化が目に見えそうだ。さらには、毎日、自転車で何かを求めてひたすら町中を走り回りつづける子ども、日々冷暖房完備雨もしのげる、シャッピングモールに入り浸る子どもたち、etc.etc……。 ただ、そうした子どもは一人ではなく、同じ境遇の子どもたちと連るんで時間をつぶす、ということ。という話しを「子どもたちの豊かな放課後」を目指す学童関係者から、「よろしくない」という視点で聞いた。 ん、よろしくない? と先ず自分の子どもの顔を見ながら考えてみる。 やはり、よろしくないかな? そうだなぁ……。毎日、友だちを求めて彷徨い、やることを探して彷徨い、果てはショッピングモールでたむろかぁ……。でも、まあ学童もトワもいかず、公園で遊んでいる子どもいるしなぁ、それにしても漂流している子どもが多いというのも事実かもしれないな。 そういえば? と自分の遠い過去を見つめながら考えてみる。 ワタシがガキのころも大人から放置されていた。というか放置されていたという意識さえなかった。学童も児童館も子ども会も何もなかった。近所のガキとつるんで裏の里山やら他人の家の軒先やら田んぼやらため池やらで創意工夫して遊んでいたよな。虫をとったり木に登ったり山菜をとったり魚を釣ったり泥団子を投げ合ったり沼に落ちたり崖から滑り落ちたり穴を掘ったり穴に埋まったり……。 落ちるのが創意工夫とはいわないが、創意工夫のなかには大人がいたら絶対に止められることが多かった。近所のガキがみな用事かなんかで一人ぼっちだったこともあるけど、大人の干渉はなしに、なんとかしていたよな。大人のほうも寛容だった。というか適当だった。まあ、無茶がたたって怪我ばかりしていたのも事実だけどなぁ。でも決して貧相な時間という思いはなかったな。 てなことを思い出していると、大人が考える「豊かな生活」ってのは、大人が干渉する「豊かな生活」ってことだよな、なんてことも思ってしまう。けんかしても大人が上手にまとめようとする。居場所ってのも、安全、健全、健康的を重視して大人の都合で決めてしまう。秘密基地でさえ大人の監視下にある。創意工夫も、大人が「創意工夫させること」を工夫する。何かつけて至れり尽くせりの「豊かな生活」を大人が求めていく。なるべく失敗しないように。まちがって子どもが失敗しても、その失敗さえもそれを教訓にしようと大人がしむける。失敗が失敗のまま、ただ呆然とうなだれ泣き続けることを放置してくれない。それに、なんといっても大人が目を丸くするような「いたずら」ができない。大人が止めに入るような冒険ができない。全てが「豊かな生活」を規定する大人の範疇でしか遊べない……。 あらためて考えると、これまでも散々「大人として子どもの豊かな生活を保障すべき」などと言って来たのだが、なんだか言っている自分にも違和感を感じるわけだ。 何だろう、この違和感は、で、どうしようってんだい? 振り返る……、 風景が随分変わったな。 ワタシの場合は田舎から町に引っ越してしまったから余計感じるのかもしれない。 この町の子どもの居場所? それって何? 山も川もない、崖も土手も草むらもない、森も林もない、畑も田んぼもない、みんな大人が奪ってしまった。変わりに与えられたのは、ゲームとネットと情報とコンクリートとアスファルトと整備された児童公園と……、 もちろんいろいろな子どもがいるだろうね。 ワタシのように里山が居場所と思わない子どももいるだろうね。 そうだ、障がい児の子の居場所は大人が用意しなくちゃいけないのかな? 繁華街に生まれた子どもは繁華街が遊び場かな? 子どもは、どんな環境でも順応して遊びを見つけるのかな? 街の隙間に入り込んで冒険するのかな? 大人が干渉しすぎるのか? 干渉しなさすぎるのか? どうすりゃいい? 何を守っていけばいい? 取り敢えず平和と自然は守らなければならいってのは解っているのだけど……。 それにしても、ほんとうの「子どもにとっての豊かな生活」ってのは、大人が考えだして、規定して、与えるものだろうか? ってのが素朴な疑問に揺れているこの頃。 |
| << 前記事(2008/06/08) | トップへ | 後記事(2008/06/12)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|---|
AERAの後期高齢者医療制度の記事に異議あり
「AERA」の2008年6月16日号なんですけど、『後期高齢者医療 廃止は現役世代に「損」』という、AERA編集部の記者がまとめている記事があります&... ...続きを見る |
村野瀬玲奈の秘書課広報室 2008/06/12 01:34 |
???? NHK ?????????????
&?????NHK?????????????? ??? ...続きを見る |
??????? 2008/06/12 01:38 |
差別(追記・更新あり)
こんなブログがあるんですよ。 人のことを「白痴」と罵る方を称揚するブログです。 http://taraxacum.seesaa.net/article/100107759.html 地下に眠るMさま、いらっしゃいませ。 コメント、ありがとうございます。 ちなみに、ありがとうと言われたコメントは、これ(>.. ...続きを見る |
そいつは帽子だ! 2008/06/19 22:57 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
こんにちは。 |
JCJ神奈川支部ブログ URL 2008/06/11 11:12 |
いつも難しいお題をありがとうございます!(>_<) |
すぺーすのいど 2008/06/11 13:00 |
JCJ神奈川支部ブログ様、ご紹介ありがとうございます。 |
dr.stonefly 2008/06/11 16:53 |
すぺーすのいど会長、難しいお題にコメントありがとうございます(笑)。 |
dr.stonefly 2008/06/11 16:53 |
ひとつは今では、「ネグレクト」って問題があるのかもしれない。そこまでいかなくても大人自身が豊かな心をもてないでいる。社会も自分の子どもさえ、という空気があり、子どもが大人から見えないところにいても「大人に見守られている」という感じがないのかな? それとも不安定な空気のなかでは、すぐにイジメとかになっちゃうのかな。 |
dr.stonefly 2008/06/11 16:54 |
補足すると、子どもにとっては、「見守られている」という安心感のうえの、目が届かない状態のこと。 |
dr.stonefly 2008/06/11 16:56 |
あぁ。これは私も日頃から感じている違和感…というか葛藤ですね(^^;) |
ゆうやけぐも 2008/06/11 22:48 |
あー、dr.stoneflyさんたらイヤな話題を(笑) |
えあしゃ 2008/06/11 23:42 |
dr.stoneflyさんの言うとおり、子どもに限定した「豊かな生活」なんてナンセンスで、大人も含めた社会全体の問題として解決していかなくてはいけないですよね。 |
すぺーすのいど 2008/06/12 00:11 |
それから、私の言いたい「見守る」は決して行動を監視することではありません。 |
すぺーすのいど 2008/06/12 00:12 |
ゆうやけぐもさん |
dr.stonefly 2008/06/12 08:54 |
えあしゃさん |
dr.stonefly 2008/06/12 08:54 |
すぺーすのいど会長 |
dr.stonefly 2008/06/12 08:55 |
多分このブログでは、ずっとすぺーすのいど会長と同じ論調で述べてきました。でもね、やはり疑問に感じるのです。 |
dr.stonefly 2008/06/12 08:59 |
kuronekoアニさん |
dr.stonefly 2008/06/12 09:02 |
分断しているのは大人たちかも知れません(自分を含) |
ゆうやけぐも 2008/06/12 09:21 |
学童に子どもを入れながらも思うのは、本来の放課後の子どもたちの原風景としては「ドラえもん」の「のび太くん」たちであったり「サザエさん」の「カツオくん」たちではないかと。時代背景や他の要因もあって違和感はあるものの(^^; |
おと〜ち 2008/06/12 11:18 |
↑はさておきヾ(^^;) |
おと〜ち 2008/06/12 11:28 |
私の住んでいるあたりは、空き地や林がまだまだ多く存在している、ある意味、恵まれた環境かと思っています。 |
おと〜ち 2008/06/12 11:46 |
勝手に突っ走りますね(^^ゞ |
すぺーすのいど 2008/06/12 12:53 |
そしてこの自立の過程が一番時間と手間が掛かるのです。 |
すぺーすのいど 2008/06/12 13:05 |
ゆうやけぐもさん |
dr.stonefly 2008/06/12 15:18 |
おと〜ち先輩 |
dr.stonefly URL 2008/06/12 15:20 |
すぺーすのいど会長 |
dr.stonefly 2008/06/12 15:20 |
は〜・・・やっと時間が出来た・・・(>_<) |
すぺーすのいど 2008/06/13 00:03 |
では保護(サポート)って何でしょうか? |
すぺーすのいど 2008/06/13 00:04 |
私の考える自己肯定感とは、ありのままの自分自身を認められるということです。全く無条件で認められるということです。 |
すぺーすのいど 2008/06/13 00:04 |
すぺーすのいど会長がおっしゃることは解ります。多分ここにコメントをされている皆さんも大きくは異論はないでしょう。 |
dr.stonefly 2008/06/13 11:30 |
ここでは、親子の間で、信頼感とか、子どもにとっての自分が認められているという自己肯定感もできているとします(注)。時間も放課後から夕方に限りましょう。夕方、親が、子どもの顔をみたとき、いつもとちょっと様子が違うな、ということで、話しを聞いたり、フォローをしたり、そっとしておいたり、と親として子どもと向き合って関係をつくれているとします。そうした前提において、放課後から夕方までの時間も、学童のような専門の指導員である大人がいたほうがいいのか? 子どもだけでまずいのか? というのが疑問です。もうひとつ規定してしまえば、小学生にとってですね。(これも低学年と高学年では変わってくるかもしれませんが……) |
dr.stonefly 2008/06/13 11:31 |
環境ですが、みなさんのコメントを読んでいて、ハードとしての環境はあまり関係ないのかな、と思いました。(個人的には山と森と川があって欲しいのですが…(笑))、むしろ子ども同士が分断されているような、または遊んだという満足感が見えないようなとか、あるいは自己肯定感を感じられない子が多い、というソフト面での環境を考えています。そうした環境のなかで大人との関わりが必要なのかな? そうなんだろうな、ワタシも現実には専門の指導員がいる学童にいかせているよな、と思う一方、自分の子どもの頃と何が変わったのだろう?という疑問です。放課後から夕方まで「大人」と関わらずに遊んでいた自分は、満足に育てられなかったのかな、「そんなことないやい!!」という自己肯定も含めて(爆)。 |
dr.stonefly 2008/06/13 11:31 |
さすがはブログ主。うまく纏めますね。 |
すぺーすのいど 2008/06/13 13:01 |
>さすがはブログ主。うまく纏めますね。 |
dr.stonefly 2008/06/14 10:13 |
>昔とくらべると「余裕」がなくなっている気がします。 |
すぺーすのいど 2008/06/14 10:41 |
コメントを書こうか、かなり逡巡したのですが、指導員に対する見方に違和感を覚えたので。 |
名古屋っ子の親 2008/06/17 20:55 |
名古屋っ子の親さん |
dr.stonefly 2008/06/18 09:14 |
| << 前記事(2008/06/08) | トップへ | 後記事(2008/06/12)>> |