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ふと忘れていた遠い過去を思い出す。 何故だろう? わからないな。 季節かな、五月晴れの透きとおった青のせいかも、 青の向こうの向こうに離れていく光を追いかけた…… 社会の底辺で青カンと走り続けていた若かったころの光景。 退屈という呪縛から解かれた僕たちはノッていた。 凡々と流れる時間を食いつぶすだけの日々からの脱出。 未知だった意識の壁を破り、知らない世界との出会い。 不思議な国の不可視の存在をまのあたりにする。 僕たちが無意識のまま踏みにじっていたドン底との出会い。 そこで僕たちは疑問をもつことができた。 疑問をもつことの喜びを感じた。 疑問のなかでじたばたする熱を感じた。 謎が一つづつ解けて、僕たちが変わっていくのを感じた。 僕たちは知っていく喜びに震えていた。 僕たちは、まちがいなくノッていた。 そこは近寄る者もまばらな世界。 誰も知らない世界は僕たちにさらなる優越感を与えた。 そんなとき彼が現れた。 階段を登った僕たちよりもずっと若く青かった。 でも彼は僕たちの世界を既に知っているように語った。 あたかも解っているように語った。 でもそれは間違っていたのさ。 僕たちは本質の見えない彼をすぐに見抜いた。 いや見抜く以前に彼はあまりに幼かった。 何を解ったようなことを言ってるの? すると彼は開き直った。 ノッていた僕たちは彼を責めた。 彼は抵抗したが、その抵抗さえ幼かった。 僕たちはノッていた。 正論で責める心地よさに酔っていた。 いつしか彼は去った。 そんな僕たちを見つめていてA氏は言った。 彼は確かに幼かったな。 言ってる事もやってる事もこの世界ではマイナスだったかもしれない。 でも私は彼を認めているよ。 こんな世界に飛び込んできたんだから。 誰にも理解されないこんな世界にね。 家でノンビリとテレビでも見ながら暮らしていく選択肢もある。 でも彼はその選択をしなかった。 この不人気な辺鄙な世界を選択したんだ。 これはすごいこと。 喜ぶべきこと。 彼は去った。 理由は僕たちが責めたからじゃないかもしれない。 それでも、僕たちは考えた。 何故、彼を責めた。 誰が、彼を悪いと決めた。 何故、彼を認められなかった。 何故、彼と共に歩けなかった。 彼は、階段を昇るまえの僕たちじゃなかったのか? いやそれだけじゃない。 彼は、僕たちにない何かを持っていたのではないか? 僕たちが失った何かを…… 僕たちは一体どこを目指していたのか? 僕たち自身が世界を狭めてないか? 僕たち自身が世界を区切ってないか? これが僕たちの目指した世界なのか? 僕たちは僕たちだけの世界を夢見ていたのか? 彼が去ったあと、僕たちは話し合っていた。 僕たちは静かに、話し合っていた。 僕たちが彼を責めた言葉は正論だったのか? いったい正論ってなんだ? 僕たちは何を目指しているんだ? ずっと話し合っていた。 彼が去ったあと…… すべては遠く過ぎ去った光景。 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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夜郎自大な左派・市民派ブログをぶっ飛ばす「ルンペン放浪記」
BLUESとは何かと訊かれたら、相手が読書好きの場合、 林芙美子の「放浪記」、あれが、BLUESだよと答えている。 ...続きを見る |
BLOG BLUES 2008/05/22 16:46 |
罪悪
あたしのこちらのエントリに http://teagon.seesaa.net/article/97006342.html >コメント欄のような反応を引き出す振る舞いは罪悪 というブックマークコメント(であってるかな?)をいただいた これはあまりにもムチャな言いがかりだと思った いくらなんでもそれはな.. ...続きを見る |
そいつは帽子だ! 2008/05/24 17:29 |
朝の散歩
ルンペン放浪記さん、 「こんな美しい詩に出会うなんて」 にいく。 ...続きを見る |
みんななかよく 2008/06/08 11:01 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
今回は期待に応えて、意識して「詩」っぽく書いてみました。思い出した私自身の過去の一コマという以上の意味はワタシにはありません。 |
dr.stonefly 2008/05/18 09:14 |
焦りすぎなんですよ、みんな。 |
sutehun URL 2008/05/18 10:17 |
焦りすぎなのかなぁ? |
dr.stonefly 2008/05/19 01:42 |
一緒に歩けない相手もいるんですよ。それは仕方がないと思う。 |
さめ URL 2008/05/19 14:07 |
英語に「I'm glad that our path has corrsed」(私たち2人の行く道が交差してよかった)という表現がありますが、そんな感じでしょうか。その人と出会って一時期活動したことはマイナスではない(いろんな経験したし、思考のきっかけも与えてくれた)、出会えて良かったと思う、でもこれ以上一緒に活動してはいけない、ということはあると思います |
さめ 2008/05/19 14:11 |
こんにちは。あのね、ミソもクソも一緒にしたら、その若者が可哀想だと、僕は思うよ。ブログを開設して、好き放題、政治批判したり、ひとに「優しさ」を説いたりすることが、なんぼのものですか。誰だって出来るし、気が楽で、偉くなったような気分になれて、こりゃいい、うれしてタマらんわ。現に、有楽町や新橋のガード下の呑み屋に行ってごらんなさいな。そうゆういい気なオヤジが、たむろして、実に不愉快、酒が不味くなりますよ。「らんきーブログ」なんて、そんな床屋政談好き、説教好きのオヤジと同じでしょ。あなたが念っている、たとえソッコー、ケツを割ったとしたって、とにかくドヤの支援闘争に身を投じた若者とは、まるっきり次元が違う。 |
BLOG BLUES 2008/05/19 15:43 |
さめさん、こんにちは。 |
dr.stonefly 2008/05/20 16:52 |
BLUESのアニキ、うっす!! |
dr.stonefly 2008/05/20 16:53 |
でもさ、オイラはずっと「敵」ばかりをつくってきたのね。これが相当トラウマになっていて、どんな「はねた」子でも簡単に切れやしない。個人にとってじゃない、運動にとってね。上でも書いたけど、人は変わる可能性を持っていると思うのさ。オイラもすっかり「非暴力主義」に転向したようにね(笑)。 |
dr.stonefly 2008/05/20 16:54 |
dr stoneflyさん。すごい。予言者みたい。 |
さめ 2008/05/22 11:44 |
ね、でしょ。 |
dr.stonefly 2008/05/22 13:18 |
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