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愚樵さんが「言葉の根っこ」というエントリーを挙げた。愚樵さんにしては分かり易いエントリーなんで一読をお薦めする(笑)。というか、読んでからの方が、毒多の馬鹿さ加減に笑うことができる。 で、今回は、お馬鹿な毒多の思考過程をメモってみる。 まず、お馬鹿な毒多は、おそらくメタファだろう「根っこ」という言葉が気になる。気になって仕方がない。というか、そこから入ってしまう。 根っこ、かぁ。根っこってことは土の中。 もう既に根っこの絵が浮かんでいて、お馬鹿な毒多は、そこに固執する。そしてエントリーとは違うベクトル?の深みに嵌まっていく。 と、ここまで妄想して15分ほどボーッとして、やっと本文のほうに戻る。 「言葉の根っこ」ということかぁ……。絵を妄想しながら、うん、これでいけば、土の中の「根っこ」はそのままでは見えない、土を掘り下げないと見る事ができない。ということで、なんとなく「言葉の根っこ」というメタファが見えてくるような気がする。と、同時に、根っこというからには「茎やら葉やら花」がある絵を妄想する。 あれれ、「茎やら葉やら花」が「言葉」なのか?ということを考え始める。うん、うん、そうだ、「茎やら葉やら花」やらを見て、思考し、判断する。その根っこまで掘り下げてみるか?、どうか? が、愚樵さんのエントリーの主旨だな。と、するとその「茎やら葉やら花」を見ている私は、誰なんだ?と考える。そう言えば、コメント欄にその言葉(「茎やら葉やら花」)を見て、自らの根を張る、みたいなのもあったぞ? と、ここでお馬鹿な毒多は、その「『根』と茎と葉と花」の全体が人間自身のメタファではないかと、妄想する。そういえば「根っこ」ってのは「ルーツ」みたいなもの?というコメントもあったよな。 「根と茎と葉と花」が人間自身と仮定して、じゃ「根っこ」から離れた言葉は、「種」か?ということに考えが及ぶ。「種」であれば他に飛んでいって、新たに「根っこ」を張るよな? でも、変だな、「種」=「言葉」とすると、飛んでいった「種」はどこに根を張るんだ。「種」は元の「根と茎と葉と花」の再生として根を張るよな。 しかし待てよ。「種」を受け取った「根と茎と葉と花」という別の人間自身に根を張ることができるのか? 寄生植物を想像しながら打ち消す。ムリ。 ここまできて、「根と茎と葉と花」が人間自身という仮定は間違っているのではないかと、考え直す。 そうだ、もともと「言葉の根っこ」だったわけだから、「茎と葉と花」は言葉なのだ。 と、絵を見ながら、人間自身は「土」かも知れないと仮定する。 これは、上手く行きそうな気がする。 「土」である人間自身に「根」を貼り、「茎と葉と花と種」という土から飛び出した部分「言葉」として表れる。 いいぞ、良い感じだ。 「言葉」が「種」として飛んでいき、他の「土」(=他人)に根を張る。 「種」として飛んでいっても、他の「土」に簡単に根を張れないものもあるな。いっそ、「種」じゃなくて、言葉は「花粉」としようか他の花と交配しながら新しい「種」となりながら「根」を張り、「芽」を出す。 「土」=「人間」というメタファはいいぞ。「土」に生える「根と茎と葉と花」は一つじゃないということだ。いくつもの「根と茎と葉と花」が生きる。「土」(=人間自身)のもつ「言葉」(=根と茎と葉と花)は一つじゃないからな。うんうん、いい感じだ。 ここで、アレ? とお馬鹿な毒多は考える。 「土」ってどの範囲の「土」なんだ? 「広い範囲の土」のほうが、多くの「根と茎と葉と花」が生きているのではないか? ちょっと待てよ「土」の線引きはあるのか? と考えまたパニくる。「土a」(あいつ)と「土b」(おいら)の線引きはどこになるのだ?。いやいやいや、しかも「土a」と「土b」だけでなく「土c」「土d」「土e」「土f」……と、いる訳だ。「種」のやりとりも「土a」(あいつ)と「土b」(おいら)だけじゃない。「土」が繋がっていく。線引きのない「土」に無数の「根と茎と葉と花」がある。あっ!! これが「あなたはわたしであり、わたしはあなたである」っていう、あの訳の解らない物言いの正体なんだ。と、こじつける。…ほんまかよ!? そう、考えていくと、「根っこ」にレッテルを貼るとか、貼らないという部分も解決できるかも、繋がった同じひとつの「土」に無数の根っこが絡まり、新しい根っこも絡まり、一つの巨大な「根っこ」になっていく。で、その「根っこ」は「?」。 それは「カオス」? それとも「共有」? 「共感」? もしかして「善」? ……、というか「混乱」?「ドタバタ」? いや、それはお馬鹿な毒多の脳内だ。 何かちょっと違うな。愚樵さんは「言葉ひとつずつの根っこ」のことを言ってるのだろうか? コメント欄では「ルーツ」みたいな捉え方をされる方もいたぞ。それぞれの人間にある太い根、つまり「根幹」みたいなことを言っているのだろうか? と、お馬鹿な毒多は、いままでの考えをリセットしてしまう。 こうしてお馬鹿な毒多は、疲れ果てていく。しんどくなって、先を考えるのが嫌になる。というか「絵」を書くのが嫌になる。 なんとなく、一本の「茎と葉と花」(=言葉)の「根」(=理由)が無数に絡み合った「人間の根幹」を解ることも、レッテルを貼るのも不可能じゃないのか? といいいながら疲れ果てていき思考を断念する。 不完全で、中途半端なまま流され、お馬鹿を返上できないことになる(爆) 愚樵さんは、「言葉の根っこ」の続きを書くとか書かないとか言っていたけど、きっと書かないんだろうな。というか、こういうお馬鹿な思考をされて書く気をなくすかな(爆) |
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|---|---|
「語りえぬもの」を語る姿勢
一つ前のエントリー『科学は陰謀説から生まれた』をあげたときから、このエントリーは書く心積もりでいた。むしろ、企図していたのはこちら&... ...続きを見る |
愚樵空論 2008/05/11 08:44 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
すてきな絵ですね。 |
naoko 2008/05/08 15:37 |
ポエム型の次ぎのバージョン。絵入り型ですか。 |
kuronekko URL 2008/05/08 18:57 |
いや〜、面白いですね。力作ですね。モニタを見ながら笑っている私を、妻が「何、ニヤニヤしてんの?」と覗き込んできました。「なにこれ?」って聞くから、「いつもの」と答えると、あっちへ行ってしまいましたが。ゲラゲラ。 |
愚樵 URL 2008/05/08 20:48 |
naokoさん、いらっしゃいませ。 |
dr.stonefly 2008/05/09 10:50 |
kuroneko兄さん、意図して表現の方法を変えているわけではないのですけど、今回はなんとなく。でも、マウスで絵を描くのは疲れるから今回限りになると思います。それと、前のヤツは「ポエム型」なんかなぁ?そういうつもりはないんですけど、東海の詩人じゃないし。 |
dr.stonefly 2008/05/09 10:58 |
愚樵さん |
dr.stonefly 2008/05/09 11:07 |
私も一人でにやにやしていました。(私は子供につっこまれた) |
Light URL 2008/05/10 13:38 |
Lightさん、笑っていただければ、半分以上の目的を達成しています。そんなブログです。 |
dr.stonefly 2008/05/10 14:23 |
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