毒多の戯れ言

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zoom RSS 「ブログの世界で生きる」…追記と謝罪と感謝

<<   作成日時 : 2008/05/02 14:21   >>

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 公開したエントリーの追記やら謝罪やら感謝というのを新たにエントリーを立てて行なうことが、良いやり方なのかどうか解りません。一旦、公開したエントリーが書いた者の意図から離れ、読み手の主観で消化されることはままあります。というか、常にあるものでしょうか?
 これが「文学作品」などの書籍によるもの等であれば、本が一人歩きをして、読者の消化のみになるのでしょうが、ブログのエントリーという形態は、本としての文学作品よりも、書き手と読み手のコミュニケーションがとりやすいという部分があり、自分で書いたものに対しても、追記と謝罪と感謝などをしてもいいのかもしれないな、という思いから書くことにします。

 以下、前エントリーのコメント欄と重なる部分がありますが……。

 当該エントリーは、Mさんがブログを閉じられたことに触発され、書いたものですが、Mさんがブログを閉じる事の感傷ではありません。ワタシはMさんを認めていて、Mさんが、誰かによってブログを閉じさせられた、とか、何かに悲観してブログを閉じたとは思っていなく、Mさんご自身の考えによって積極的にブログを閉じたと考えています。よって、Mさんがブログを閉じたことに伴い、寂しい、とか、哀しいという感情や感傷はありません。

ブログにおいての人格やその人格の「生」「死」というようなことは、親しくさせて頂いている愚樵さんのブログ「愚樵空論」が、約1年前に再開されたときから断続的に考えていたことであり、今回は、Mさんがブログを閉じることで新たなる思索を与えられ、エントリーを挙げました。前回の思索は『「ブログでの繋がり」…例えばエントリーの突然の中断』です。興味がある方は読んで頂けると幸いです。
 今回は、現実に実感できるかどうか解らない「リアルの死」を、「ブログを辞めることを死」とすることで、実感できないだろうか?という、試みを書いたエントリーです。
 多くの方が言われる「たかがブログ」という考えも解ります。が、今回は「されどブログ」という思いで書きました。


 「謝罪」
 今回は、ワタシが「Mさんのブログの閉鎖から思索を貰った」と書いた事、まだ閉鎖されて間もない、生々しい時期にエントリーをupするタイミングの悪さ、また「自殺」「自死」などと世間的には非常識な表現したこと等により、多くの方に不快感を与えたことに気づかされました。また「Mさんのブログの閉鎖」をそれぞれの思いで受け止めている方々に対する配慮のなさを認め、謝罪いたします。すみませんでした。


 「感謝」
 「Mさんのブログの閉鎖」を知らない方、また知っていても、新たなエントリーとして、内容について考えて頂いた方に感謝いたします。ありがとうございました。

                   dr.stonefly拝



 こうした、追記、謝罪、感謝を書く事が必要かどうかも解らず、また予期せぬ新たな深みに嵌まる危惧も考えましたが、今のままでは新しくエントリーもすることもできません。個人的なケジメとしてエントリーさせて頂きます。



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内 容 ニックネーム/日時
いいじゃん。今日の空は曇っているけれど、兄弟の心意気は天晴だ。心事爽やかなので、酒を酌み、詩を吟じたい。陶淵明の詩を映画監督の川島雄三が意訳したやつです。「にんげんねもなくへたもない みちにさまようちりあくた ときのながれにみをまかすだけ しょせんこの身はつねならず おなじこのよにうまれりゃきょうだい えにしはおやよりふかいのだ うれしいときにはよろこんで ともだちあつめてのもうじゃないか わかいときはにどとはこない あさがいちにちにどないように いきてるうちがはなではないか さいげつひとをまたないぜ」。
BLOG BLUES
2008/05/02 14:49
BLUESのアニキ。別に爽やかってことはないです。どっちかというと「冷めた」って感じです。まあ、この「冷めた」ってのもいつ迄つづくかわかりませんけどね(笑)。熱くなるときは、すぐに熱くなるでしょう。これが肌感覚ブロガーの欠点(爆)。

TB頂いたエントリーに飛び、ぷらちゃんを思い出しました。彼女はブログ再開しないのかな? いいエントリーを挙げていたのになぁ、…このあたりはノスタルジー。
dr.stonefly
2008/05/03 09:26
私もなにか一言かかなきゃ。

>「愚樵空論」が、約1年前に再開されたときから断続的に考えていたこと

はい。そのようなコメントを頂いたことは憶えてますよ。dr.stoneflyとは、他にも「死」についてはなんどか意見交換しましたよね。んだもんで、私には先のエントリーはちっとも違和感がなかった。

たしかに「死」というのはセンシティブなものを誘発する言葉ではありますが、その言葉は比ゆとして使用することが非常識、というのはよくわからないです。ある言葉から受けた不愉快なイメージの責任は、自分にあると思うから。

ところで私も久々にBLUESさんのエントリーをのぞいてみました。懐かしい。BLUESさん、再開後今まで何度もすれ違いながら、挨拶もしてませんでしたね。今更ながら気づいて、申し訳なく思っています。

それにぷらさんか。どこかで「転生」されているかもしれませんね。
愚樵
2008/05/03 10:40
愚樵さん
当該エントリーにも「根っこ」はあるんですが、それを説明するのも、なんとなく不細工なので、根っこの一部である昨年のエントリーを挙げさせて頂きました。
ひとつのエントリーを書くにあたり、広く多くの方に読んでもらいたいという前提で、私信ということではないのですが、誰か一人の読み手を想像しながら書く事はありますよね。その一人の読み手にどう読んでもらえるだろうか? ってやつ。今回は、愚樵さんでした。

「死」というテーマのときは、「死」をとらえる前提の部分で、共通認識がないと難しいのかな? という学習はしました。
といっても、愚樵さんとワタシの認識が共通しているかどうかも解らないのですけど。……、だから面白いわけだしね。
dr.stonefly
2008/05/04 06:54
Mサンは前にも一度ブログをクローズしましたよね。
その時は著作権を問われました。
今回は、名誉毀損。
匿名でなければそういった性格の問題です。
私たちは匿名の助けを借りて権利を主張する以上、リアルの社会以上に自分の言動に心を配るべきではないでしょうか。
ロドス
2008/05/05 00:34
>その時は著作権を問われました。
>今回は、名誉毀損。

すっげえ、カッコいいお人がいたんですね。どんなブログか見てみたいな。

『2つが解放され2つが蘇る』ロードス島戦記

兄さん、いろいろ心配かけました。もう少ししなきゃいけないこともあるけど、その後しばらく休みます。気が向いたら、ここでもコメントしますね。

でも自分のブログをきれいさっぱり消し去ってしまえるほどの絶望の深さを誰も言及しないのな。たかがブログだからか。
ごん
2008/05/05 06:50
絶望しなくたってブログぐらい消せると思うけどな。よく遊びにいっていた「不潔新聞」さんは、体調が悪いかなんかの理由で(はっきりしないんだけど)ブログをやめちゃった。
その後お元気ならいいが、と気になるけど、人の心理に立ち入るつもりはないなあ。
kuroneko
2008/05/05 08:36
>名誉毀損
ああ、びっくり。コメントとはいえ匿名での言動で、「心」を配るべきではないでしょうか?
あなたのコメントにワタシへの「名誉毀損」を感じるんだが、どうしてくれるんだ?
dr.stonefly
2008/05/05 09:25
gonさん、休むのも大切だね。休もうよ。疲れるときもあるさ。
きっと綴り続けなければいけない大切なことは、永遠につづくからさ。
1ヵ月の休みになっても、半年の休みになっても、2年でも、5年でも、何の問題もないさ。

それと、ブログの閉鎖が絶望でも、愛想つかしでも、気まぐれでも、いいと思う。
どうしても自分を「表現」しなければならなくなったら、また、生まれるさ。
それと、Mさんは、ぜんぜん絶望なんてしてないと思うぜ。彼女が、そんなタマかいな(笑)。

それと、オイラが「戯れ言」を閉鎖することがあったら、過去の素晴らしいエントリーを「もう読ませてあげないよ」という、イジワルから。だいたい、こんなお気軽に「素晴らしい戯れ言」の数々を読めるなんて、感謝してもらいたいよな(大爆)!!
dr.stonefly
2008/05/05 09:26
kuronekoアニさん、今回はいろいろすみませんでした。いや、ありがとう、と礼を言った方がいいのかな(笑)。
まあ、あんまりいろんなことに配慮すると、言いたいことも言えなくなるから、セーブはしないけどね。なんといっても毒多だしさ。
dr.stonefly
2008/05/05 09:27
時々拝見していましたが、初めてコメントさせて頂きます。

私はリアルな「死」に対しても、それほどネガティブなイメージは持っていません。何故なら死は全ての生き物の宿命だからです。誰にでも起こることを嘆く必要もないし、どちらかというと頑張った後に訪れる「休息」というイメージがあります。「再生」に向けてのワンステップ…という程、ポジティブなイメージを構築できるまでには、未だ至っていませんが。心の奥深いところでは、「死は生命の循環の一過程」として、ニュートラルな位置に戻ることへの安らぎを感じています。

Mさんがブログを閉じられた当初は、(個人的に彼女の文章を読めなくなる事への)ショックや哀しみがあったけど、今では、Mさんは今までの世界に見切りをつけて、「しばしの休息の後の再生」の道を選んだような気がしています。

そういう意味では、Mさんがブログを閉じた事に関しては、ポジティブな意味での「死」に近いイメージを、持っています。
タマヨリ
2008/05/05 12:18
>絶望しなくたってブログぐらい消せると思うけどな。

「だったらお前が」やめてみろ!ブログ
ごん
2008/05/06 12:34
つまり、ごんさんは、誰かがブログを辞めたら、絶望したのだとか、破産したのだとか、病気したのだとか、勝手に言う権利が自分にあると思っているのですかね。

そういうヘイトコメントをつけて何か愉快なことでもあるのか、お返事ください。
kuroneko
2008/05/06 14:24
だいたい「きれいさっぱり」っていうけど、契約解除すれば誰だってきれいさっぱりなんじゃないの?
絶望からブログをやめた人はきれいさっぱり、なんとなく飽きてブログをやめたいと思って契約解除した人は、きれいさっぱりじゃないのかどうか、その差異も、ごんさんはわたしに説明してくださいね。
 大体、他人がブログをやめたことについて、「絶望から」なんて勝手に決め付けることが、他人の内面へ土足で踏み込むことではないのか?
 ごんさんは、他人の絶望がわかるのか?あなたは自分のことを謙虚な人間だと思いますか?傲慢な人間だと思いますか?
kuroneko
2008/05/06 14:32
あたしゃ、言葉で人のこころを変えられると思っている、傲慢な人間よ。

>でも自分のブログをきれいさっぱり消し去ってしまえるほどの絶望の深さを誰も言及しないのな。たかがブログだからか。

何回も削除ボタンを押すことを躊躇った自分のことを言っただけです。あたしはこうだよと。

>ヘイトコメントをつけて何か愉快なことでもあるのか

人の言葉に冷や水を浴びせたのはどっちなの。俺のほうか。ならば去るよ。全然愉快じゃない。
ごん
2008/05/06 14:42
タマヨリさん、はじめまして。時々の立ち寄りありがとうございます。
ワタシが最初にしたエントリーはタマヨリさんのような方を想定して書いたのですが、一般的に「死」は「重く」「感傷的」なものという思い込みがあることを失念していたのが、失敗でした。実際の「死」は「ネガティブ」も「ポジティブ」も「軽い」も「重い」も解りませんよね。「死に至る生」のほうはいろいろあるのでしょうが。
ただ、「死」なんてよく解らないもの、などといいながら「社会に殺される死」を猛烈に批判しているブログなんです。その辺りのダブスタ風ジレンマは常につきまとっています。
dr.stonefly
2008/05/06 15:48
ごんさん、kuronekoさん、いい加減しよう。もしかして二人して、オイラを試そうとしてるの?
dr.stonefly
2008/05/06 15:49
>いい加減にしよう。

いい加減にするよ。
あたしんとこはアメンバーブログだから内輪の話は自分のところでするつもり。
kuroneko
2008/05/06 16:14
絶望の深さを思えばこそ(私がそう思うというわけじゃありませんが)あえて言及しないってこともあると思うなあ。
人の「死」さえも個人のものではありえないなんて、ちょっと鬱陶しい。
非国民
2008/05/07 02:28
kuronekoさん、お気遣いありがとうございます。

非国民さん、こんにちは。
絶望かぁ。まあ敢えて言及しなくてもいいのかもしれないけれど、(ワタシに絶望を感じる感性が残っているかどうかが疑問なので)、感じたとしたら、敢えて言及するのもあるのかもしれない、と思ったりして。

よく解らない人の「死」が、誰かのものかどうかは解りません。「死」を感じた人のものかもしれないのですが、自分の死を感じるかどうかも、解りませんね。
dr.stonefly
2008/05/07 11:56
こにゃにゃちは。おや「愚樵空論」どの、ご無沙汰しております。2006年4月4日付の拙エントリー「愛国なら護憲でしょ」の鍵コメとそのレスが、「doll and peace」と僕との(いまのところ)最後の交信です。ね、カッコいいしょ。別れは粋でなくっちゃ。他者に過度に干渉しない、忖度しない。それこそが、寛容であり、優しさなんだと僕は思う。ごんちゃん、よくないよ。もちっとクールダウン、しようぜ。
BLOG BLUES
2008/05/07 14:30

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