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ブログを始めたとき、ブログの世界のワタシは生まれた。 言葉を綴ることで、ブログの世界のワタシは育った。 ブログの世界には多くの人がいた。 ブログの世界で、多くの出会い、多くの別れ、があった。 ブログの世界で友達ができ、話し合った、ケンカもした。 ブログの世界で思索し、教えられ、共感した。 ブログの世界で真剣にワタシは言葉を綴り、 ブログの世界で真剣に友達の言葉を聴いた。 ブログの世界のワタシは、ブログのなかで生きた。 リアルではないワタシが、ブログのなかで生きていた。 ブログの世界の友人と言葉だけで繋がり、お互いを知ろうとした。 ブログの世界で交わろうとした。 ブログの世界で遊んだ。 ブログの世界で、酔っぱらった。 ブログの世界で、自暴自棄になった。 ブログの世界で、泣いた。 リアルでも生き、ブログの世界で生きた。 ブログの世界では、容姿も所有物も問題ではなかった。 そいつがリアルでどれだけ美しい顔で、宝石で着飾り、豪邸にすんでいても関係ない。 そいつがリアルでどんな肩書だろうと関係ない。 そいつがリアルでどれだけ不細工で、貧乏で、みすぼらしくても関係ない。 真剣に言葉を発するヤツがそこで生きていた。 真剣に言葉を受け止めようとするヤツがそこで生きていた。 ブログの世界のワタシは、確かにブログの世界で生きている。 リアルとは違った純粋さをもって。 リアルのワタシはリアルで生きている。 リアルのワタシ、ブログのワタシ、同じワタシだけど違うワタシ。 交錯しながら、生きているけど違うワタシ。 同じなのだけど、違うワタシ。 違うワタシなのに、同じワタシ。 リアルで生き、ブログでも生きる。 リアルの死は、リアルな世界に存在しないこと。 ブログの死は、ブログの世界に存在しないこと。 リアルのワタシが死ねば、ブログのワタシも死ぬ。 ブログのワタシが死んでも、リアルなワタシは死なない。 えっ、なんだ、それは、ビックリだ。 ブログのワタシが死んでも、リアルなワタシは死なないんだ。 これは凄い。驚きだ。 リアルなワタシの死。 それが何なのか、リアルに死んだワタシには解らない(だろう)。 ブログのワタシの死。 それが何なのか、ワタシには解る。 なぜなら、リアルなワタシは生きているからだ。 リアルなワタシは、リアルな死を見つめることができないのに、 ブログのワタシの死を見つめることができるのだ。 これは、凄いぞ、凄すぎる。 しかもブログのワタシは生き返ることさえできる。 なんてこったい!! ブログの世界のワタシは、確かにブログの世界で生きている。 リアルのワタシとは違う人生を歩んでいる。 リアルとは違うツレとともに、違う空気を吸い生きている。 飯も食わず、仕事もせず、生活という厄介者を気にすることなく生きている。 言葉だけを喰い、吐き、じっと精神を研ぎすませ、生きている。 なんのしがらみもなく生きている。 いや、ちがう。ブログの世界のしがらみを感じながら生きている。 リアルとは違うヤツラと繋がりながら、ブログの世界を生きてる。 言葉だけの世界を生きている。 ときにリアルのワタシと重なりながら、ときにリアルと離反しながら。 間違いなくブログの世界を生きているのだ。 生きている者は死ぬ。 死ぬために生きているのかもしれない。 いや、死ぬためには生きなければならない。 妥協無く、全身全霊をもって。 ブログの死を見つめるためには、 ブログの世界を実感をもって生きなければならない。 楽しんで、苦しんで、ドロドロになって。 ブログを閉じるとき「死」を実感できるほどに。 何んだって、ブログの世界が、楽しいか? 苦しいか? 苛つくか? 安堵するか? 何んだって、ブログの世界のあいつが、恋しいか? 憎いのか? 殴りたいのか? 抱きしめたいのか? ここまできたらしめたもの。 君はブログの世界で生きている。 だからブログの世界で死ぬことができる。 交錯しているリアルのワタシは、 ブログのワタシの「死」を実感できるのだ。 「死」を知ることができるのだ。 オノレの「死」を見つめることができるのだ。 確かに生きたワタシの死を。 これは凄いことだ。 さて、どうやってブログで死ぬ。 老衰か、飢え死か、他殺か、発狂して死ぬか、自殺か? ああ、「自死という死に方」はあるな。 これは試せるぞ。 「自死という生き方」。 うん、苦痛も苦悩も何もなく、全てやり終えたことに満足して死ぬ。 老衰ではなく、「生きてすることは全てやったとして」自分で死ぬ。 どんな気持ちなんだろう? でも、まだまだだな。だけど、なんだかワクワクするぞ。 え、ブログの死とリアルの死を混同するな、この妄想野郎がっ!! だって? 大丈夫だって、たいして変わらないからさ、きっとね(笑) |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|---|
言葉の根っこ
ある言葉が発せられるとき、そこには必ずなんらかの理由がある。言葉には根っこがある。しかし、言葉は発せられた瞬間にその根っこから切り&... ...続きを見る |
愚樵空論 2008/04/29 21:35 |
ブログに本当の言葉はない
このテーマに関しては、日頃親しく交わっているってゆうか、 うじゃじゃけて遊んでいる、と言っても電脳空間に於いてですが、 「かめ?」や「dr.stoneflyの戯れ言」が力の籠ったエントリーを発表し、大きな反響を、 もっぱらご近所同士っすけど、呼んだものであり、「またですか、もういいよ」ってな 声が聞こえて来そうってゆうか、僕自身が上げたいのですが。 ...続きを見る |
BLOG BLUES 2008/04/30 17:05 |
手紙〜ただそこにあることをそのままに
dr.stoneflyさんが『「ブログの世界で生きる」…そして死を実感する』と言うエントリーを挙げられました。 それを否定的に取り上げたjabberwockさんのブログでコメントの応酬があり、dr.stoneflyさんは自ブログコメント欄にて『どうやら、「あなた方」指定を受けてしまった.... ...続きを見る |
ひでの隠れ家 2008/04/30 20:14 |
敵は庶民
5月から……おっと、もう明日か、ガソリンの値段が上がりますね。 リッター30円アップで、史上最高値だって? おいおい、ふざけんじゃないよ。 元にもどるんじゃなくって、暫定税率は終わったワケだから、コレは増税ですよ。 言葉遊びにだまされないようにね〜 ...続きを見る |
逍遥録 −衒学城奇譚− 2008/05/01 01:00 |
コメント欄からブログへ
(いつかはブログを持ちたいとは思っていたけれど、 こんなきっかけだとは夢にも思わなかった・・・ まあ、何かが始まるときというのは案外&... ...続きを見る |
乗りかかった小舟 2008/05/01 18:14 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
ひとこと言わせていただく。 |
うちゃ 2008/04/26 23:32 |
はじめまして、とても心惹かれる文章でした・・・・ |
フィビヒ 2008/04/27 08:46 |
うちゃさん、こんにちは。 |
dr.stonefly 2008/04/27 15:31 |
フィビヒさん、はじめまして。 |
dr.stonefly 2008/04/27 15:32 |
ブログを閉じるのを死と類推させるなら、自殺じゃなくて老衰だと思う。 |
kuroneko 2008/04/28 01:44 |
>気がついたら生まれていたのだから。 |
dr.stonefly 2008/04/28 06:09 |
ブログでの誕生と死が意志的な行為であっても、ブログ世界で生きていることとリアル世界で生きていることの間には大差はない。 |
愚樵 2008/04/28 06:16 |
うっ、あれ、あら? このままコメントに答えつづけると、何か言われるたびにグラグラと揺れつづけ、なんとも軟弱な態度で言葉を綴ったのだろう、という自己嫌悪に陥りそうなので、黙って思索の再検討をします。 |
dr.stonefly 2008/04/28 10:02 |
dr.stonefly さま |
kuroneko 2008/04/28 11:16 |
んー。でも私は水葉さんもgonさんもリアルでも知らないしメアドも知らないのでやっぱり死に近いかな・・・。 |
さめ 2008/04/28 17:52 |
それにしても「逃亡者」という言葉のなんと甘美にしてカッコいいことか。敢えてその途を選んだ諸氏の海路平安を願ってやまない。 |
非国民 2008/04/29 05:33 |
余計なことを書き込んでしまいますが。 |
愚樵 2008/04/29 06:04 |
そりゃ私は波風立てに来たわけですから(^^; |
うちゃ 2008/04/29 07:23 |
命のないものに感情移入するのは人間の特権だと思っているので、ブログ自体の生成と消滅を生死に喩えるのは別に違和感もないのだけど。 |
うちゃ 2008/04/29 07:40 |
「死」を馬鹿にしているんですか? |
やこ 2008/04/29 10:51 |
初めまして。 |
Light 2008/04/29 14:02 |
わたしが主婦ブログかなんかやっていて、親か舅・姑の介護で忙しくなってブログをやめたとします。読者が綿々と「死」と比較して感想をいってたら、「やめる自由もないのかよ」とむかつくかも。 |
kuroneko 2008/04/29 16:04 |
ブログの閉鎖を「死」と捉える「主体」は誰なのだろう? と考えてしまいました。 |
kiriko 2008/04/29 16:14 |
うちゃさんに波風を立てて頂き、多くの方のご意見ご批判をいただき、再度考えろ、という励ましと受取ります。どうもありがとう。こういう思索が「ブログのなかで生きている」に繋がるのかとも思いますので、またさらなる反感を買うかもしれませんが、書いてみます。 |
dr.stonefly 2008/04/30 11:02 |
そうすると、まず、多くの皆さんの仰るように、「ブログの閉鎖=死」というのが全てのブログに当てはまるのか?、というのは、やはり無理があり、違うのかな、と考えます。上のエントリーでブログ全般という印象を与えたのは失敗でした。ということで、本文に「ごく限られたブログ」ってセンテンスを付け加えるべきかもしれません。それはほんの僅かかもしれない。僅かであれば上のエントリーが成り立たないのか、と言われればそれまでですが……。 |
dr.stonefly 2008/04/30 11:02 |
むしろ、おそらくは、アニさんがその上で挙げられた「一風齋氏」(ワタシはこのブログを知らないんですが…、知らないでなんで言えるんだ、ツッコまれるかもしれませんが、敢えてアニさんが挙げられたので)のようなブログをイメージしました。一風齋氏のリアルな死で、ブログを続けられない「死」と、一風齋氏がブログを辞めてブログを続けない「死」、ブログでしか繋がりのない私にとって、どう違いがあるのだろう? というのが出発です。(閉鎖という言葉もよくなかったのかもしれない、たんに「辞める」のほうがよかったかな) |
dr.stonefly 2008/04/30 11:03 |
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dr.stonefly 2008/04/30 11:03 |
リアルで生きた自分の死を自分で見つめることができるのではないか、という欲望が「ブログの死の実感」というエントリーを書かせたのかもしれません。たとえばとことん生をブログにぶつけて、綴るのを辞めるとき「死」を実感できるのでは……、という試行。ここまで書いてまた思いましたが、別にブログじゃなくてもいいのかもしれません。 |
dr.stonefly 2008/04/30 11:04 |
さめさん、ワタシは、リアルのワタシが死んでも、ワタシが綴ったブログが残るのは嬉しいですよ(笑)。ブログは凄い。これがなければさめさんと知り合えなかった。生を綴ることができる。こういうブログの凄さから「ブログの死」を思いたったのかもしれません。 |
dr.stonefly 2008/04/30 11:12 |
はじめまして |
ひで 2008/04/30 21:56 |
ひでさん、ようこそ。 |
dr.stonefly 2008/05/01 10:48 |
このコメント欄にタイトルがあれば「硫化水素」という題にしますが。4月26日時点でも巻き添えの出る硫化水素自殺は話題になっていたんじゃなかったっけな。 |
kuroneko 2008/05/01 12:26 |
>どう読まれようと文句は言えないよね。 |
dr.stonefly 2008/05/01 15:05 |
「あなた方」って・・・。どこで誰が言ってるんでしょう。まあ、どうでもいいことですが。 |
非国民 2008/05/02 02:12 |
はじめまして。 |
ピッピ 2008/05/02 04:07 |
非国民さん |
dr.stonefly 2008/05/03 09:25 |
ピッピさん、はじめまして。 |
dr.stonefly 2008/05/03 09:25 |
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