毒多の戯れ言

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zoom RSS 「死刑制度反対の理由」…本質的な生を考えるために

<<   作成日時 : 2008/01/08 09:13   >>

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 ワタシの巡回する幾つかのブログのうち、2つのブロガーが新年そうそう「死刑制度」について取り上げた。うち一方はお玉さんのブログで、喧々諤々の論争がされていて読み入ってしまった。
 おかげでということではないが、初夢(1、2日は夢の記憶がないので3日の夜なのだが)は辺野古のTが公開処刑される夢。旧知であるがこれまでTがワタシの夢に出てきた事はないはずである。初登場でいきなり死刑になり死んでしまった。ワタシはオイオイと泣いていた(もちろん夢のなかで…)。縁起でもない。謝ることでもないが、なんとなく謝りたい気分である。すみません。
 ユングでも勉強していれば、オノレの深層心理をしるかもしれないが無学ゆえに解らない。辺野古に対して何もできていないことの後ろめたさかもしれない。それとも将来の日本に、冤罪ですらない戒厳下の思想統制下の死刑を予知したのだろうか? くわばらくわばら。

 さて、このブログでは2度ほど「死刑制度」について書いた。前からの読者であればワタシが「死刑制度反対」であることを知っているだろう。一本目のものは最近再掲載しているので読まれた方もいるかもしれない。
 ほとんど繰り返しになるが、再度死刑反対の理由を書いてみよう。
 簡単にいうと、殺してどうなるの? という理由である。
 え、話しにならないって? バカでしょ、バカ意見だからお玉さんのブログで現実的な論争に参加できないのである。
 それで、バカを書いても許してくれそうな、もう一つのブログでコメントしてみたのだが、もう少し書いてみたくなったので自分のブログで書いてみる。(ただしFC2のお玉さんのとこにも、もうひとつうのアメブロのjijen-bakadanさんのとこにもTBが通らない、鬱)
 殺してどうなるかというと「死ぬ」のである。死刑制度に賛成にしろ、反対にしろ、ほとんど人は「死」が最大の罰ということを自明として語っている。それは「極刑」という言葉にも表れる。では、自明としている「死」が何か?と答えられる人はいるのだろうか? いないでしょ。何故かって「生」きているからである。「死」を経験した事ない「生」きている人間に「死」が何ものか?なんて答えられない。一方「死」んでいる人にも答えられない。死人に口なしだね。あ、これはちがうか? いずれにせよ「死」が何かなんて誰にも解らないはずである。ね、なんで、なにものか解らない「死」に追いやることで、解決できるのだろうか? できません。
 「生」きている人間にとっての解決は、「生」でしか得られない。
 これ以上明快な答えはない気がするんだけどダメかな?

 それにしても、遺族は悔しいだろうな。耐えられないに違いないよね。苦しくて哀しくて怒りの持って行き場がなくて、大切な人を殺した犯人には「とりあえず」死んで欲しいと思うのだろうな。
 きっと、そんな遺族に、「あなたの解らない『死』に『とりあえず』追いやってしまっていいのですか?」と言っても「感情」を逆撫でするだけだよな。だって「死」が、恐ろし、不気味なものである思い込みは疑こともなく、検討の価値という発想さえないものだもの。それとも「生」での「解決」なんて望んでない、と言われるかもしれないな。
 「解決なんてしなくていい、死がどうかなんて、どうでもいい、ただ死んでほしいだけだ」
 何といっても「感情」のまえには他の言葉など聞こえないだろうし。今迄「死」はなんなのだ?なんて教育受けた事ないだろうし、教育を受けても解らないことは解らないし。もちろん思索もしたことはないだろう。宗教なんかで「死」を考えたことがある人は、「生」と「死」という観点での「死刑」をどう考えているか聞いてみたい気がするけど……。
 もしかして、罰としての「死」を望む人は、無宗教のワタシでも聞いたことのある「悪いことをすると死んでから地獄へおちる」ことを信じているのかな。でも、冷静に考えてみると根拠はないだろう。心の底から地獄を信じるのもなかなか困難じゃないのだろうか? 地獄なんてないよ、って呟くだけで怒られそうである。
 結局は「死」が何なのかなんて関係ない。とにかく「死んで」欲しい。理屈じゃないんだよ感情でいいんだよ!! ってね。でもね「生きている」人には経験があると思うのだけど「負の感情」で勢いよく行動したことの多くは「後悔」するんだよね。だからね、せめて冷静に考えられるまで「死刑」にしないってのはどうだろう? こんな事書くと光市母子殺人事件のMさんは冷静だろっ、って言われるんだろうなぁ。でもね、Mさんは本当に冷静なのか疑問だな。なんとなくだけど、犯人が死刑されたあとのMさんは「大丈夫だろうか?」と思えて仕方ない。

 逆に「生」を考えてみる。生きているから「生」は考えられるだろう、と思うのだが、確かに「考える」ことはできる。なかなか「本質的な生」が何かという答えはでないのだけど。
 と、この辺から「死刑反対」の意思が揺らぎ始める。
 人間ってのは、ただ息をして血が流れているだけで「生きている」のだろうか? ってことを拙ブログでもよく書いている。いつぞや書いた「身体の死は死体であって『死』ではない」ってやつの裏返しである。「身体の生は生体であって『生』ではない」とも言えそうだ。ここで「本質的に生きて」いないやつは死んでいるのだから「死刑」で死のうが、「死刑反対」で生きようが、死んでいるのではないか? って揺らぎである。あらら、「死刑反対」が「死刑容認」に変わりそうだな。でもやはり「死刑反対」は変わらない。
 いくら、身体が生きながら死んでいるヤツでも、この世界で「本質的な生」を思索し求めることは、この世で身体が生きていなければ出来ないからだ。存在の意味もしかりである。
 これは犯人はもとより、遺族にもいえると思う。「憎き犯人が地獄で苦しんでいるのだ」と自分だけで信じ込んで生きていくことが、真に生きている、と言えるのだろうか? これではあまりに悲劇である。真に遺族のことを考えるならば「本質的な生」を考える道を残すべきで、それは、遺族の生のためにも犯人が「本質的な生」に気づくことが大切なのかもしれない。

 ある統計によると7割以上の人が死刑存置に賛成で、3割以下の人が死刑廃止を望んでいるらしい。これは、一人の人間に置き換えることができるのかもしれない。人間は7割以上が感情に支配されており、理性が発動できるのは3割以下と。その割合でいけば7割以上という圧倒的な感情に支配されるのが人間かもしれないが、3割以下でも理性はあるのだ。「死刑廃止」を望むものが本当に対峙しなければならないのは、7割の感情に支配される人々ではなく、自分のなかにある7割の感情なのかもしれない。

 それでも、感情は時間とともに薄らぐが理性は時間とともに厚くなる、気がしている。または、感情に永続性はないけど理性なら永続性はある、でもいい。






 以前にも書いたが、「死刑」に変わる刑罰として、
 犯人には終身刑を適用する。犯人は牢獄で「生」と「死」についてとことん向き合う。ただし、遺族が犯人を許したときに刑は終了する。遺族も「生」と「死」について理性で向き合い、真に生きることを感じ取れば、犯人という人間を許すこともあるかもしれない。もちろん犯人はオノレの意思によって刑を続けてもかまわない。






追記:
このエントリーはブログ「村野瀬玲奈の秘書課広報室」様の 死刑FAQ のコメント欄にてTBしました。
が、当該Qがありませんでした(爆)



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コメント(23件)

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当該Qですか、うーんむずかしいですね。

Q: dr.stoneflyさんは死刑についてどういう考えを持っていますか?

っていうのはどうでしょう。これでだめなら、dr.stoneflyさんが適当なQをこの記事につけてくださいな。
村野瀬玲奈
2008/01/08 18:52
お玉さんちで大暴れしていた愚樵です。大暴れしすぎてメッされてしまいましたが(笑)。

「本質的な生」とは何かなんて確かになかなか答えはでませんが、出るとしたらそれは“死と対峙した時”なのではないかな、というのが私の予想です。だとするなら、加害者に「本質的な生」を自覚させるには死の恐怖を与えたほうがよい。件のM氏が「己の罪を自覚して悔恨し、善人になった時点で殺す」なんてことを言ってましたが、これはひとつの正解ではないか、なんて思いもするわけです。

お玉さんちで私は理性万歳なんてコメントを残しましたが、でも、本当は私は理性に全幅の信頼は置いていません。理性は人間の意識から出てくるものでしょうが、その意識こそが死を恐れる。理性社会・意識が勝った社会になればなるほど「本質的な生」から遠ざかるような気がしてならないのです。

感情7割理性3割は、理性への感情の氾濫なのではないのか、とも思います。

でも、やっぱり死刑には反対かな。社会はやっぱり自省の精神に富んだ理性的なものであらねばならないと思うし、「理性的な殺人」はこの上なくオゾマシイですからね。
愚樵@エセ廃止論者かもしれない
2008/01/08 19:00
あけましておめでとうございます。
本年初コメントです。
死刑については既に昨年9/24のエントリのコメントで意見表明済みですが再度。

人を殺めることを刑罰とする法と、人を殺める事を許す法が両方存在すること事自体が明らかに矛盾していると思います。

うーん、人を殺めることが何故悪いのか?・・・から考えないといけないのかな?

みんなが考えて考えて、もし人を殺すことが悪くないとの結論になったら、やっぱり死刑は価値の無い刑罰になるから廃止になるんだろうねぇ・・・

その時の極刑は「死ねない刑」かなぁ・・・ブルブルッ!あー恐ろしい・・・そんな時代には生きていたくないですねぇ。
すぺーすのいど
2008/01/08 22:05
玲奈さん、「死刑FAQ」お疲れさまです。いい試みですね。それにしても
>Q:dr.stoneflyさんは死刑についてどういう考えを持っていますか?
全く一般性がない。つかえねぇ〜、ってやつですね(爆)
ところで「秘書課広報室」のトップページから「死刑FAQ」に直接とべるのでしょうか? 埋もれてはもったいなエントリーばかりだと思いますが、トップページから直接たどり着けるといいかな、とふと思いました。
dr.stonefly
2008/01/09 15:22
愚樵さん、あれで大暴れですか? まだまだでしょ(笑)
ワタシにとって、お玉さんのとこの議論で一番なっとくしたのは、愚樵大先生のご高説でしたよ、ほんとに。

>本質的な生を考えられるのは、死と対峙したとき
これね、そうなんですよ。ごぞんじかもしれませんが、陸田真志という死刑囚が池田晶子と往復書簡で対談していて、それが本になっています。この陸田真志ってのが死刑囚になるまでは「息をしながら死んで」いたのですが、「死刑囚」になってからがすごい。がんがんと本質的な生を思索していく。もっとも陸田真志自身は「本質的な生」をつかんでしまったことによって、「死」をも掴んでしまうんですね。死刑も受入れ、上告もしないという。で、池田晶子はこの「本質的な生」を掴んだ死刑囚と話したくて仕方ない。「その死刑待った!!」と言う訳です。
その後、陸田真志の死刑は執行されたのかな?池田晶子のほうも死んでしまって、二人で紡ぐ言葉はもう聞けませんが、できれば会話し続けて欲しかった。
それにしても、死と対峙しないと思索できない、ってのは哀しすぎます。努力しまっせぇ〜(笑)
dr.stonefly
2008/01/09 15:26
すぺーすのいど会長、おめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。
いやいや、すごいですね。
>人を殺すのがよくなったら、死刑は廃止される。
この発想はありませんでした。一応「殺人」はよくないのは、自明と考えていましたから……。

人権の問題から考えると、「死刑」と「終身刑」では、どちらが人権蹂躙なのでしょうか?
「死刑」ってのは人権以前の問題ともいえなくはないのですが……
dr.stonefly
2008/01/09 15:26
私は「刑罰」「懲役」って何だろう?って思います。
「刑」「罰」「懲らしめる」???
なんでこんなに高飛車な言い方なんですかね?
この言葉は意味は基礎に明確に「正義」と「悪」が分別されていおり、「正義」側から「悪」におこなう行為として成り立っていますよね、きっと。
「正義」は完璧な「正義」であり、「悪」は完璧な「悪」である前提じゃないと「懲らしめる」なんて出来ないですよね?普通。
私たちの生きている世界が今までもこれからも、完璧な「正義」の世界でないことは明らかですから、当然に完璧な「悪」なんてのもあるわけありません。

私はこの世界に生きるすべての人が安心して暮らして生きたいと願っていると確信しています。
ですが、生きていれば偶然や必然に他の人に迷惑をかける行為をしてしまう人もいるでしょう。
それは、その行為をした人のみの責任でしょうか?私はそんな訳ないと思います。
すぺーすのいど
2008/01/09 21:40
ですから不幸にも、そのような事件が起こってしまったなら、その世界に属するすべての人が、その事件を起こした人の行為だけでなく、自分やまわりの環境を観察してその人に与えた影響を洗い出したりして、根源的原因と対策を考える実行するべきだと思います。

私たちに認識できる「悪」なんてのは、超不完全な「法」と言われる文章に規定されている規則(ルール)の中の行為か外の行為かで判定できるのみです。
大体「法の下の平等」というけど、為政者を暴走を食い止められる本当の「平等な法」はまだこの世界には存在してないんじゃないでしょうか?
すぺーすのいど
2008/01/09 21:41
すぺーすのいど会長は、ワタシと似ているなぁ。世間からは、ワタシたちのような者を「お花畑が満開」、と言われるんです(笑)。きっと社会はお花畑をあきらめ「法」をつくったのでしょう。社会で裁かれることの全てが、「法」に対しての「正義」「悪」ですね。
誰かが「罪」をおかして「刑罰」を受入れる、心から「刑罰」を受入れてもオノレの本質的な罪に対するオノレの「刑罰」を思索したわけではない。それは「法」を心から受入れたのでしょう。個の人間として「罪」の本質的な部分を思索し受入れたわけではない。ということが往々にしてあるのではないのでしょうか。
社会は、そうした本質的なことを、いつしか放棄してしまったのかもしれない。
「法」による刑罰というのは、本質的な思索の放棄かもしれません。
dr.stonefly
2008/01/10 14:37
基本的人権は人間の理性によって生み出された概念です。そこを踏まえれば、死刑か終身刑のいずれが人権侵害するのかは明らかでしょう。
理性は感情によって侵害されますが、理性を侵害するより強い感情を掻き立てるのはどちらか? 答えは明らかでしょう
愚樵
2008/01/10 14:44
結局は「気持ち」の問題に終始してるんだと思います。

「被害者が浮かばれない」とか。
お葬式のときに、お坊さんや牧師さんはそんなことは言われてないと思うのだけれど、
「仇討ち」思想の延長なんでしょうね。
(それで憎しみの方向を操作する人たちもいたのが歴史)
×第二迷信
2008/01/10 20:31
>世間からは、ワタシたちのような者を「お花畑が満開」、と言われるんです(笑)。

その通りですね(^^♪読んで爆笑しました。ここでも過去に「よく考えが甘〜いって言われます」って事も書きました。でも甘〜い自分は好きなんですけどね。

>「法」による刑罰というのは、本質的な思索の放棄かもしれません。

私も同感です。過去から現在にいたるまで、為政者(支配者)からみれば領民が深く思索すれば、為政者自身のメッキがばれたりはがされたりしてちっとも良いことはないはずですからね。思索しないでくれるにこした事はありませんよね。
すぺーすのいど
2008/01/10 22:45
愚樵さん、いやね、おっしゃるように、死刑の件についてもそれ以外でも「理性」で考える人の方がおかしい、と見られる風潮にあるので感情に感化され考えてしまった次第で……(爆)



×第二迷信さん、そう言えばそうですね。お坊さんも牧師も「仇討ち」みたいなこと言いません。なのに葬式では法話やら説教をきき……、ははーん、解りました。聞いたふりをしているわけだ。いや、悲しみと怒りのあまり聞こえないのかもしれない。それとも、もともと法話や説教と現実は「別物」としているのかもしれません。



すぺーすのいど会長、お花畑同士がんばりましょう(笑)。
そういえば、以前に「花壇を潰す雑草になろう」というエントリーを挙げた事があります。
やっぱりお花畑は返上して、雑草でいきますか。
dr.stonefly
2008/01/11 13:52
はじめまして、こんにちは。
私は以前「死刑制度存続派」でしたが、今は「廃止派」です。存続賛成の理由として「死刑があった方が犯罪率が下がる」と思ってたんです。それが間違いだと分かったので、今は「廃止派」です。存続賛成の人の中には、こういった間違った知識で固定観念が出来ちゃっている人も多いのでは?と思います。
うろこ
2008/01/11 15:53
うろこさん、はじめまして、訳のわかりにくいエントリーを発するブログにようこそ(笑)。
>「死刑があった方が犯罪率が下がる」
こうした外国の例などでも数字で表せる理由は分かり易くていいですね。それでも知ろうとしなければ解らない。知ろうとする意識のない人は多いのかもしれません。それでもやはり一番おおきな問題は「感情」の問題だと思います。これは具体的な数字に表せません。しかも人間が
一番納得する部分というのが現実です。犯人が憎いという感情は、存続派に廃止派も一緒なんですけどね。ほんと、むずかしいなぁ。
dr.stonefly
2008/01/12 14:32
お坊さんで思い出したこと。
あの「法然上人」は、幼少時に父親を襲撃で殺されたんですが、
父親は「仇討ちなど考えるな」と諭して息を引き取ったそうです。

(この父親の言葉がなかったら、知恩院も本願寺も生まれていなかった…。)
×第二迷信
2008/01/13 21:32
そうなんですか、知りませんでした。
さすがはお坊さんですね。というか「真の坊さん」っていうのかな? 
dr.stonefly
2008/01/14 10:50
はじめまして。もし、私の身内が被害にあったら…死刑を望むと思います。思索の放棄、感情論そのとおりだと思います。今のとこ被害にあったことないので、理性だけで語るなら、私も死刑反対です。
@罰として、監禁する施設(牢屋)
A犯罪者の心の更生と研究施設
B犯罪者のための職業訓練施設
この三つを税金たっぷり投入して独立経営したら良いのでは?と思う。
AとBがきっちり機能すれば、再犯率がさがるかも。
犯罪を起こしそうな人(自薦他薦問わず)もAとBの施設を利用してもらったら、犯罪は減るんじゃないだろうか。
実現は不可能に近いだろうけど。
UMA
2008/04/07 19:53
UMAさん、はじめまして。
>私の身内が被害にあったら…死刑を望むと思います
これ分かりませんよね。取り敢えず、身内が被害にあってない今、思索できるだけ思索しなければならないと思っていて、身内に何かがおきたとき「死刑を望むか、望まないか」は、そのときになってみないと分からない、ってことで如何でしょう。
ただ、その可能性も想像しつつ思索しなければならないとは思いますが……。

犯罪というのは何故おきるのでしょう? UMAさんは、「再犯防止」「防犯」に視点をおき考えてみえますね。ワタシは、犯罪が起きる社会とは如何に? ってのを考えたいと思いました。つまり「職業などがなくて」行き詰まって犯罪を起さないような社会、とか、「真に生きること」を阻害するような社会、とはなんだろう、てな具合です。
ところが、死刑になりたくて殺人を犯すなどという人間が現れた。わけ分かりません。
どうしたもんですかね? また考えたいと思います。
dr.stonefly
2008/04/08 08:29
私は「死刑反対」です。この思いを強くしたのは辺見庸さんの本です。とくに最新版の「たんば色の覚書」(毎日新聞社)です。彼は死刑囚の友達がいます。その中の一人も死刑を執行されています。死刑執行のプロセス、瞬間 その音、臭いまで想像しておられます。ペットたちが安楽死という名の悶絶死をさせられていることには人々は涙を流し、反対するが、死刑には無関心で賛成する。この人間の心理というかそういうことから死刑について考えておらえる文がすごいです。
http://www.geocities.jp/haikunomori/forum.html
このページの後半を読んでください。
「愛」がなく、国家による殺人、つまり戦争の肯定と死刑容認はつながると私は思いますし、辺見さんもそう考えているようです。
非戦
2008/04/08 09:39
辺見庸のはなかなか読み応えがありますね。
勉強させられました。
紹介ありがとうございます。
dr.stonefly
2008/04/09 06:05
たいへん遅くなって申しわけありません。この記事を当該Qとともに「死刑FAQ」に入れさせていただきました。これからもよろしくお願いいたします。
村野瀬玲奈
2009/06/21 14:02

村野瀬さん
うーん、苦節○年、やっと死刑FAQに採用されましたか……(感涙)
ありがとうございました。
愛国心のほうも、エントリーできるようなエントリーを挙げたいと思いますので、よろしく哀愁。

dr.stonefly
2009/06/21 15:14

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