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今年もあと数日で終わろうとしている。一人ひとりが、それぞれの歴史を刻みながらまた一年が終わるわけだね。ん、歴史? 歴史だよ。それぞれの歴史だよ。よく考えてみると歴史とはホントに不思議なものだよね。と強引に話題を持って行くが年末だから仕方がない(笑)。 そう、「沖縄戦」での「集団自決」の「軍の強制」が教科書にかかれたり、はずされたり、また書かれたり。書かれたと思ったら「軍の関与」だったり、という歴史のこと。 不思議なのは、あのとき沖縄にいた一人ひとりの歴史の総和が「沖縄戦」だと思うのだけど、いったい一人ひとりの人間の歴史の総和なんて語れるのだろうか? なんて思ってしまう。 ほんとは「集団自決」やら「軍の強制」などと4文字なんかで安易に表現できないはずだよね。集団で自決をしたなんて一言でいってしまうが、集団のなかの個々はどんな気持ちで自決したのか? 個々で何もかもがちがうだろ? そこに至る個々の歴史もまたちがう。では、強制した軍人はどんな気持ちで自決させたのか? 進んでなのか?嫌々なのか? たとえ進んでだとしても、そこに至る心理や環境まで考えたら、おちおち語っていられなくなる。じゃあさ、語ってられなくなる歴史って一体なんなのさ? だいぶ前になるのだけど、江戸時代の歴史の研究をしている准教授と酒を呑みながら話していた。 「歴史なんてそれを伝えるものによって変わってくるよね」と問いたワタシにその準教授は、 「事実はひとつしかない。今、この時間にこの場所で君がビールを飲んでいるという事実だけが歴史なのだ」と言った。よく考えれば「ここでビールを飲む」に至るワタシの心理や生育環境や財布の浮き沈みまで歴史として考えてしまえば収集がつかなくなるわな。 とすると、「集団自決があった」「軍が強制した」という「事実」だけが歴史で、自決や強制に至る個々の心理や環境は歴史ではないということか? なんとも薄っぺらな気がする。教科書に載せられた「事実」を読んだ学生はいろいろ想像するのかな? でもさ、生徒個別によっていろいろな想像が付け加えられたことで、それは「歴史」ではなくなるということか? そこになんとも不思議さを感じる。人生アウト首相によると、一部の生徒は「集団自決があった」「軍が強制した」だけをインプットし、それ以上の追求も想像もしないらしい。准教授の説明によるとそれこそ「歴史」ということになりそうだが、それが歴史だとして何か意味があるのだろうか?と新たな疑問が湧き出てくる。 それにしても教科書にのる歴史は、「事実」さえも載せたり載せなかったりし、載せても「強制」ではなく「関与」となったりする。そこには意図が働いているわけだ。 頼りない記憶だが、池田晶子は「歴史などその時々の権力者によって造られるフィクションだ」と言ってたような気がするが、こと歴史の教科書など考えるとそんなものかもしれない、と思ってしまう。 さて、年末ということもありいきなり話題がとんで「教育」のこと。一昨日だったかな、例の「教育再生会議の第3次報告」がだされた。新聞には「安倍カラーは後退」と書かれている。これもやはり「なんだかなぁ」と思ってしまう。この新聞の見出しによると「教育」というものは、時の権力者のカラー(都合)でふらふらと変わるものらしい。つまり「安倍カラー後退」などと書かれる「教育再生会議」の考える「教育」とは、子どもを権力者のカラーで染めようとするものなのだね。これを教育とは呼ばずに洗脳とよぶんだろうなぁ。今年の漢字は「偽」だったらしいが、「教育再生会議」の教育こそこの「偽」に相応しく思える。 ワタシはね、教育とは「思索すること」そのものを教え、「思索の仕方」を思索させることだと思うのさ。ここで教科書に歴史としての事実だけが載っていることに意味がでてくると思うのだが、おそらく今の「教育再生」では、教科書に載る「集団自決に軍の関与があった」という歴史も、時の権力者のカラーに染めようとする授業(意図)により、フィクションと化すのかもしれないな。第3次報告には、がんばった教職員には給料アップってのもあるみたいだしね。プロである教職に「頑張った人には」って、あんたさぁ。 ……、ほんと、何を頑張るんだか(爆)。 結局、権力者は真の教育をされて、庶民が思索できるようになったら困る、ということだろう。 |
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「ハンがく事始」4 翼もつ「ことば」
副題 「NOWHERE」または『闇の奥』 今年1年を漢字1文字で表わしたら「偽」、だそうです。どこぞのお寺のカンジでは。 ほんまにそうやろか? こういった疑問に応えるのに、「学」は往々にして無力です。ちまたでは「学の」そういった「無能ぶり」に後押しされて、数々の.. ...続きを見る |
いわいわブレーク 2007/12/29 05:56 |
影絵の世界
今年ももう終わり・・・毎年の事ながら公私の雑事の合間にふと虚無感に襲われる.真夏の無常観,年末の虚無感. 今年は例年と比べ,大きく異なる年であった.妻と八ヶ月間の別居.離婚云々ではなく,病気に関係したものだ.つい最近,妻が生還して我が家も元に戻った.今年も最後まで悲喜こもごもの年であった.妻のことついてはずっと以前から記事にしたい,と思わせぶりなことも書いていたが,それをやる前にとうとう今年も終わることになった. ...続きを見る |
アルバイシンの丘 2007/12/29 08:05 |
ブログ仲間へご挨拶
ブログネタ:お世話になったあの人に一言 参加中 本文はここから ...続きを見る |
みんななかよく 2007/12/29 09:47 |
情報操作ニヒッカケラレズ、加担セズ、ソンナ自分ニ私ハナリタイ。野望或ハ無謀
2007.12.20.18:00ころ 自分の耳に 心地よく 胸にすとんと 入る話 ...続きを見る |
多文化・多民族・多国籍社会で「人として」 2007/12/29 11:23 |
【日記】今年を振り返って
今年を振り返って、エントリを書きます。人では、浅野史郎さんとリチャード・コシミズ氏、一文字では、「恐」です。 政治は選挙を見るのは好きでしたが、浅野さんの都知事選出馬は、とても感動的でした。浅野さんも新自由主義ではないかと評価されるかたもおり、現時点での私の評価は定まりませんが、まったく別世界のことであった政治が身近なものになりました。浅野さんの選挙戦最後のアルタ前演説良いですよね。思い出して聞きながら、下に貼っておきます。 ...続きを見る |
散策 2007/12/29 15:53 |
北野天神は[学問の神様]ではない
先日、祇園祭が「厄除け」の行事由来と書きましたが、これから受験生で賑わう「北野天満宮」も、じつは「厄除け」の神社。「謀反」を企んで太宰府に追放された菅原道真ですが、彼を追放したあと、平安京は度々の水害や伝染病にみまわれる。そりゃあ、元々が低湿地で今まで... ...続きを見る |
ストップ !! 「第二迷信」 2007/12/29 21:06 |
2007年の回顧と、2008年への展望
長らく記事更新を休止しておりましたが、年末ともなり、今年を振り返ってみたいと思い、記事を書きます。毎日更新するのは、もう少し後になってからになると思いますが。 さて、2007年を振り返りまして、やはり感慨深いのは、7月参院選での自民党大敗北と、その後の.. ...続きを見る |
「猫の教室」 平和のために小さな声を集め... 2007/12/30 10:12 |
今年から来年へ
いよいよ押し詰まってまいりました。紅白を聞きながら書いています。一流と言われる一部の歌手たちの音程の外れた音に顔をしかめています。まだお腹がおかしくならないので、以前よりはましになったのかもしれません。 ...続きを見る |
飯大蔵の言いたい事 2007/12/31 23:21 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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国というのは、dr.stoneflyさんのように疑問を持ったり、思索したりする人を作りたくないんだろうな、と思います。 |
非戦 2008/01/01 22:39 |
非戦さん、あけまして……、明るくおめでとう、と言えないのが哀しいところです。 |
dr.stonefly 2008/01/02 10:24 |
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