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zoom RSS 「下流志向」(3)…人生の価値ってお金ですか?

<<   作成日時 : 2007/11/10 06:13   >>

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 さて、まだつづきますよ。ネタとしての「下流志向」は面白い記述が多くある。
 お金が流通してない教室では、どのように「等価交換」が行われるのかというと、「不快」という「貨幣」がつかわれる。(押し付けられる)授業に支払われるのは「不快だ」という態度だというのだ。内田樹によると『教室は不快と教育サービスの等価交換の場となる』らしい。
 つまりね、客(消費主体)である生徒はその50分の授業が10分しか聴く価値がないと判断したら、残り40分は不快という態度をとらなければならない。と、こうなる。「授業を聴かない」ではない。聴いていてはダメなのだ。「聴いていると見られる態度」もダメである。40分間分の不快であるという態度をとって等価交換しなければならない。「態度をとる」じゃなくて、「態度をとらなければならない」ってことだって。凄いなぁ、ほんまかいな。ほんとに頭ん中がこんな思考回路になってるのかいな。こんな生徒たち恐ろしぃい〜、と言うよりも、内田樹恐ろしや、って感じがしてくる。
 で、その「不快という貨幣」ってのは、もともと「家庭」から派生した「お金」だという。
 内田樹いわく、給料が銀行振込になって現金を直接渡せなくなった夫は、「疲労感」によってしか家庭で存在を主張できなくなった。外で労働をしていることを「不機嫌に押し黙る」ことで、訴える。妻は妻で「夫の存在に耐えている」という不快を訴える。子どもたちも塾やら習い事での疲労を披露することで家庭内での「おつとめ」を果たしたことを示そうとする。かくして『家庭の中で「誰がもっとも家産の形成に貢献しているか」は「誰が最も不機嫌であるか」に基づいて測定される」』なんだって。いやワタシはね自分の家庭を振り返りながら、そんなことはないだろ、と思うんだけど内田樹はそういうのさ。
 で、内田樹がいうから考えてみたんだけど、学童保育所でも何かにつけ絶対にクレームを言う親なんかいてさ、この親なんかは「不快」を思いっきりアピールしてるのか、クレームを言う事が存在価値のあると思い込んでるのか、クレームこそが自己主張!!ってかんじかな、って思ったりして。
 ってなこと考え出したら結構いるぞ、仕事先とかにもさ。
 そうだネットでもいるではないか。ネットにいる「下流志向」なウヨやボクちゃんなんかは、ブログで記事を読んで読む価値がないと判断したら(消費主体だからほとんどの場合そう判断するんだけど)、不快だという態度を表明しなければならなく、具現として支離滅裂な罵詈やヘイコメントを書かなければならない、という思考回路が強迫観念的にはたらくのではないか、スルーではなく不快を表現しなければならない!! とかさ。……なんて、こんな風にネタで展開していくとキリがないな。そろそろ本全体をまとめないとね。って、別に読後感想文じゃないんだから、まとめなくてもいいんだけどね。


 実は敬愛するLadybirdさんから頂いたコメントを読んでいて、ちょっと考え込んでしまったのでそのことを書いてみます。もちろんワタシの考えが間違っているかもしれません。

 >  Learn to love the journey, not the destincation.(目的地ではなく,旅を愛することを学びなさい)  プロセスを楽しむこと.勉強って,こんなに楽しいものなのだという発見.これが今の教育に欠けていると思います.  反面,習い事が現金収入,生活の安定につながるという面も否定できませんね.誰だってカネは必要です.  真実はたぶん,この両極端の中間にあるんでしょう.

 旅の諺では、そうそう、と思いながら読みはじめましたが、最後の「真実はたぶんこの両極端の中間にあるんでしょう」に引っかかってしまいました。ワタシは「お金」と「教育」は同じ面(同じ直線上)にはなく、違う次元にあると思っているので「両極」ではないと思います。だから「真実」がその中間にはないと思ってます。
 「教育」というのは、「人生はお金じゃない、そうした次元とは違うのだ」ということを前提に展開されるべきものと思っています。処世術や金儲けを教えることなど教育であろうはずがないと思ってます
 もちろん、今の社会のなかで生活するために誰だってカネは必要なのですが、たとえカネがあり生活が安定していたり欲しい「物」を手に入れることができても、それが「人生の価値」ではなく、それこそプロセスを楽しみながら「人生の価値」そのものを思索し追求していくことこそが「価値」であり、それができるのが人間だと思ってます。その「人間としての価値」と「生活のためカネが必要」ということとは別の次元のあると思っています。
 習い事は、カネを得るためにするのか、それとも人生の付加価値か、またはそのことを極めることから見える価値の為にするのか、のいずれかで見解は変わるのかもしれませんが、スポーツにしても書道や華道なんかの「道」にしても、最初から「カネ」に結びつけることの虚しさを感じてしまいます(この前も仕事でお弟子さんが150人もいる書道の先生と話をしましたが、その先生から「儲かる、儲からない」なんて言葉が出てきたことで、妙に落胆してしまいました)。
 この「下流志向」に書かれている「損得」は、カネとしての「損得」で、教育を「損得」でしかはかれない子どもたち、そして大人に失望を覚えます。前の前のエントリーでコメントを頂きました「正直者が損をする日本」というところの「損」もカネとして「損」であれば、「人生の価値」の「損」とはなんら関係なく、本質的な損ではないのではないかと考え、ちょっとひっかかりました。
 それでは、カネがなくて生活にさえ困る状態で「人生の価値の思索」などできるのだろうか?という疑問もありますが、イエスや釈迦はやってきたのですから、きっとできると信じています。またカネもなく生活もままならないホームレスのオッサンの目線で社会を見ますと、その視線でないと見えない価値(このあたりが真理なのかもしれません)が見えてくるような気がします。
 ただ、子どもはダメです。
 例のダーウィンの悪夢にでてくるストリートチルドレンやアフガン始め難民の子どもたち、「人生の価値」云々というよりまえに衣食住に足りた生活をおくらせてあげたい、と心から思います。またただ衣食住だけではなく人間の温かさに触れてほしいと思います。また子どものころに教育の機会や「愛」に触れないまま大きくなった大人にも同情の気持ちは禁じ得ません。この気持ちは上に書いたこと『「人生の価値」と「生活のためのカネ」とは別の次元』と矛盾しているでしょうか? ワタシは矛盾しているとは思いません。生活の安定という次元と、人生の価値の思索のための教育というのは別の次元にあると思います。
 安定した生活ができない人々がいる社会については、それはその次元で訴えたいと思っています。
 
 今回、思考のきっかけを与えて下さったLadybirdさんに感謝します。(タイトルの『人生の価値ってお金ですか?』というのは、Ladybirdさんのコメントに対して言ったものではありません。念のために……)

 と、Ladybirdさんの助けで、まとめることができたところで「下流志向」シリーズのエントリーは終わりにするけど、本のほうはネタのような「学説」に笑わしてもらったが、内田樹の「本当の教育はお金的損得じゃない!!」といいたかっただろう部分には同意するところである。



「下流志向」(1)……オレ様化する大人たち
「下流志向」(2)…悲劇、親の投資が子に報い




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コメント(16件)

内 容 ニックネーム/日時
 う〜ん.1本取られたかな?
 また考えることが増えてしまった.
 良い刺激になります.とりあえず,ありがとうございます.
 それと,私のつまらん発言を取り上げていただいて,これも,ありがとうございます.
Ladybird
2007/11/10 18:39
自分は内田さんをあまり好きになれないのですが、記事に刺激を受けたので読んでみようと思い本屋へ行きました。なんと1400円もするではありませんか。万が一この本に400円分の価値しかないと感じたとき差額の1000円分の「不快」をチャラにする術が無さそうなので買うのを止めました。(本当は単に持ち金が足りなかっただけなのですが)
我ながら「下流志向」街道まっしぐらな生き方(考え方)してるなあとつくづく思います。
nobu
2007/11/10 19:21
>nobuさま
内田氏の本は、基本的に氏のブログ内容と同じですので、そちらをご覧になれば本を買わなくても大丈夫だと思います。
人生アウト
2007/11/10 21:05
内田樹氏については最近評価は揺れています。たんなる「へそ曲がり」でしかないのかも、と思ったり。

まあ、でも氏のいいたいことはなんとなく理解できるような気がするのです。「学説」としてではなく、直感として。

今の日本の社会は、大人も子どもも含めて「他人と比較すること」でしか自分のアイデンティティを確立できなくなっている。氏はそういうことを考え、確立できなくなっている者たちを嗤っているような気がします。

比較するには客観的なモノサシが要ります。お金はおそらく、そのモノサシのひとつでしょう。学業成績なんかもそう。数字になって出てくるから、すぐに理解できる。
愚樵
2007/11/11 11:13
ああ、すぐに理解できるということも重要。彼らは自分を未熟だなんて思っていないから、理解できないものはスキップする。そもそも「客」として立ち現れるというのは、相手と対等だと思っているということでしょう。対等だからこそ、取引が成り立つ。

ここらあたりの観察は、私は氏の「学説」では不十分だと思っていますが。

なぜ、こんなことになってしまったのか? 子どもたちがこうなってしまったのは大人のせいでしょうね。子どもたちは大人たちの姿を見て、これが正しいと思い込んでいるのではないでしょうか? 私はそんな気がしてならない。

となると、教育というのも考えものです。
教育の出発点は、私は未熟であるということ。だからこそ、学ぶことに対しての意欲も生まれる。これは取引などではありません。

大人が子どもに対峙する教育の初歩は、「子どもをバカにする」ところからはじめるべきなのかもしれません。ところが今は大人が子どもをバカに出来ない。大人もバカなことをしているから。いいや、昔もしていたのでしょうが、今はそれがバレてしまっていますし。
愚樵
2007/11/11 11:15
Ladybirdさん、コメントありがとうございます。ドキドキしていたのですが、済われました。
実は、このエントリーを書いた後も自分の書いたことにひっかかっていて、それがワタシのなかで「労働」の問題に発展しています。
労働は「カネを得て生活安定させるための行動」だけなのか、違う次元の「価値」があるのか、とか。いずれかとして、それは全ての労働について普遍的なのか、カネを得るための労働と何らかの価値がある労働がは違うのか? また考えが煮詰まったらエントリーをあげるかもしれません。
dr.stonefly
2007/11/11 16:15
nobuさん、こんにちは。
>記事に刺激を受けて読んでみよう
なんて、泣きたい程嬉しいじゃないですか。でも買えなくてよかったぁ。読み終わったとき石を投げられたりして(笑)。
ワタシの内田樹に対する印象は、最初ブログの記事Aをみたとき、とても受入れられず腹がたち、その次の記事Bは解った気がして、この本を読んで吹き出してしまった、という感じです。ネタとして価値が1400円かぁ。う〜ん、微妙ですね。
ワタシは必ずしも「不快」を態度で示そうとしてエントリーを3つも挙げたわけではないのですが……(笑)


人生アウトさん、ワタシは内田樹のブログの記事は2つしか読んでません。
まあ、本をよんだから、もういっか〜(笑)
dr.stonefly
2007/11/11 16:16
愚樵さん、こんにちは。
そうなんです。内田樹のいいたいことは解るんです。でも何処かに違和感が……。このまえ愚樵さんが取り上げていた内田樹のブログの記事も、「生活にカネがいる」と「人生の価値を希求する」ことを同じ次元で語っているからかもしれないなぁ、と考えてみました。

また解りやすい解説で拙記事のフォローをありがとうございます。
子ども(大人でも)、自分が未熟であることを認識できないと学ぶことはできませんね。
で、コメントからもう少し考えたのですが、「客」として自分を認識している子どもは対等ではなく、自分の方が偉いと思っている、ってことです。本来、「対等」であるはずの売り手と客が、「金を払う」方が上位、偉いというのがいまどきの風潮ですよね。
物を売る方も(サービスでも)、金を払う方も、対等であり「等価交換」であるはずなのに、今の社会のなかでは「金」を払うほうが圧倒的に偉く、「等価交換」になっていない。「金」が全てに優るという空気です。内田樹の「等価交換」という認識の仕方も甘いのかもしれません。
そうした意味でも「子どもが大人をバカにする」は強化されているかもしれません。
dr.stonefly
2007/11/11 16:16
人生アウトさま
情報ありがとうございます。ゆっくり読んでみます。じっくり読まないと誤解しそうなことを書かれますので。
自分はその土俵に上がる気はないのに、その土俵で悪戦苦闘している人を、自分の利己的な言葉で冷静に分析する、その態度に自分は違和感(というより嫌悪感)を感じます。(本当はそうではないのかもしれませんが、自分にはそう思えるのです。)もっと、もその分析が鋭いのを無意識に感じて腹が立っているのかも知れません。
nobu
2007/11/11 19:58
nobuさん
>じっくり読まないと誤解しそうなことを書かれますので。
えっ、解らない。ワタシが何かまずいことを書きましたか? おろおろ。
>その土俵で悪戦苦闘している人を、自分の利己的な言葉で冷静に分析する、その態度に自分は違和感
これに関しては思うとこがありますので、また書きたいと思います。
dr.stonefly
2007/11/13 15:01
自分も誤解を与えてしまいましたね。dr.stoneflyの記事が解らないのではなく、内田さんの語りが解りづらいということなのです。
nobu
2007/11/15 11:49
上のコメント「dr.stoneflyさんの記事」です。「さん」が抜けていました。ごめんなさい。
nobu
2007/11/20 10:30
そう言えば、この下流志向って学生の私語の問題にも絡んでいると思うのですよ。
どの大学でも学生の私語に頭を痛めているようですが、当の学生に言わせれば「法律や会計の予備校では黙って聞いている。私語を喋らせるような大学のほうが問題だ」んだそうで。
これは、いわゆる「下流」の学生の話ではなく、「一流」の学生の言。

彼らが、お客様気分で「金を払っている自分には、つまらない講義を全力で拒否する権利がある」と思っているのは、まあいい。
しかし、隣で静かにしている学生や、教官の迷惑というものは、スッポリ抜けている。そして、「金」に直接つながる予備校でだけは熱心に学ぶ。
自分の最大利益のために、他者に最大迷惑をかけて、しかもそれを「正しい権利だ」と強弁する「一流」の学生を見ると、こういうのが「下流志向」というのだな、とよく理解できます。
人生アウト
2007/11/22 20:25
え〜、ワタシも授業を抜け出したくちで、あまり人のことは言えませんが、>他者に迷惑をかけながら「正当な権利」は主張しなかったことで許してください(笑)。
噂では、こうした生徒が中学校、小学校にも広がっていて「学級崩壊」というのがあるようで、内田樹のいうところの「客」意識の低年齢化ということなのでしょうかねぇ。たまりませんわ。
dr.stonefly
2007/11/23 02:55
いへいへ、サボりと私語はぜんぜん別ですよー(笑)。私語って、映画館で煎餅食べるようなものですから。
件の一流学生の主張するところでは、「私語はするけど講義には出ているのだから、単位は出すべき」なんだそーで。どこまでアホやねん。
人生アウト
2007/11/23 09:34
人生アウトさん、おはようございます。
一流学生ですね。ははーん、だんだん読めてきました。
そうした一流学生が官僚になり、>「私語はするけど講義には出ているのだから、単位は出すべき」的な駄々をこねて利権や税金を貪るわけですね。納得。って、納得できるかいっ!!
dr.stonefly
2007/11/24 08:45

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