毒多の戯れ言

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zoom RSS 「母子殺人事件より」…なんとなく再掲載です

<<   作成日時 : 2007/09/24 05:23   >>

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 1年半ほどまえに書いた記事を一部修正して再掲載します。
 殺人犯に対してではあるが、「殺せ、殺せ、死ね、死ね……」という世間の空気に堪えきれず、また社会の不条理と私との関係を考えていたり、くだらぬ政治に厭世観を抱いてしまったり、……なんとなく、再掲載します。



 随分むかし、たぶん20年程前に「死刑制度廃止」の集会へいったことがある。記憶が定かではないが、そのときは「冤罪」→「死刑」となったある人をベースに話しが進められていた。若く単純だった私は「死刑制度反対」と考えたが、実は考えていたのではなく、その集会に影響されただけかもしれない。もし、最初に行ったのが「本村さんのような被害者の集会」であれば「死刑制度存続」と思ったかな? 今は本村さんと同じ様に家族があり、本村さんのように家族が襲われ殺されたら自分をどうコントロールできるのか解らないので、本村さんが「私以外にとっては他人事」と言うように「所詮は他人事」である今のうちに「死刑制度」とか「その立場になったら」とかについて考えておく必要を感じている。
 もともと死刑制度廃止か存続かが「冤罪の可能性」「人が人命を裁くこと」「犯罪の抑止力」「犯罪者の人権」「国家による殺人」「他人(死刑執行人)に殺人を強要させる」等の是非で問われることが多い。その議論は既に多くされていると思うので他のところにまかせる。
 で、結論からいうと私は「死刑制度廃止」でいい、と考える。
 被害者の立場に立ってみろ!! という指摘に従い、被害者の立場に立ち、極力想像してみる。
 私の妻と息子が虐殺された。「絶対に許せん、犯人は死ね、いやオレが殺してやる!!」と叫ぶかもしれない。しかしそれは感情だ、ということが「他人事」である今なら解る。人々が口々に言う「あんな極悪非道の犯人は死ねばいい」「死刑以外ありえない」。みな感情だ。感情が悪いとは言わない。しかし感情では思索することはできない。理性で考えることのできる「他人事」である今は、感情で「死刑」にしていいのか?と強く考えてしまう。感情だけでものごとを進めていいのならば「死刑制度廃止論」などと誰も言いやしない。誰もが殺人犯を「殺してやりたい」ほど憎んでいると思うのだ。やはり理性をもって思考しなければならないと思う。私も理性でもって一生懸命考えることにする。
 この国には「極刑」として「死刑」があり、皆が「死刑」が「極刑」だと考えている。「死刑」の結果としてあるのは「死」である。しかし「死」という結果を負わせるのは皆がいうほど極刑なのだろうか? 「死」がどういうものか「生きている私」には解らない。私だけでなく「生きている誰」にも解らないと思う。なのに何故「死」を極刑と言えるのだろうか。「生」を断絶させるから極刑なのか? 「死」の方が快楽かもしれない。もしかして「死」んで「あの世」に先にいった妻子が安穏と暮らしているのに、鬼畜のような犯人を「死刑」でもって「生きている私」より「先」に逝かせて再び妻子を屈辱に会わせる、ということもあるかも知れない。そんなこと「生きている私」には解らない。
 そんな「何も解らない死」に至らしめる「死刑」が「極刑」というのはどんなものだろう。
 ここで起きたことは「生きている私」の問題なのだ。たとえ理不尽で非常識で堪え難くても「生きている私」の問題なのだ。虐殺され「死んでいった妻子」がどう思っているかは「生きている私」には解らない。さぞ悔しく無念だっただろう、と想像するのも「生きている私」が想像するのだ。そして私は「死」ぬまで「生」きていかなければならない。堪え難いトラウマに悩まされ生き地獄であろうとも「死」ぬまで「生」きていかなければならないのだ。苦しい私は「苦しさから解放されるかもしれない死」を選ぶだろうか? いや「生」つづけることを選択するだろう。生きていてこそ「生」を追及する事ができるのだから。私はどこまでも、いつまでも苦しみながら「生きること」について考えることになる。
 そんななか、殺人犯に「何もわからない死」に追いやっていいのだろうか? 「死」によってあの人間の思考を中断させていいのだろうか。もちろん「死」によって「思考が中断」するかどうかも解らない。私の理性は「おのれも死ぬまで独房で思索し続けろ」と言うだろう。
 では、私が犯人に「もう独房から出ていいよ」ということはないのだろうか?
 そんなことは解らない。私もこの犯人も、何十年も考え続けるうちに、「死刑制度存続か廃止」や「更生か否か」などちっぽけなことをうっちゃって「罪」や「許し」さえ超越した、想像もつかないほどの、たとえば仏や神の域に達することができれば「もう独房から出ていいよ」と言うかもしれない。
 それも「生」きているからこそ言えるのである。
 しかし、本当に「他人事」でなくなった時に理性で考えられるかどうか、自信はない。
 とにかく私にとっての「他人事」であるうちに感情ではなく、理性で思考しなければならない、と考えている。





2007年、秋。 今、思ってること……
 「死」(殺人も自殺も死刑も)で解決をはかるのは逃避、「生」きて解決をはからなければ「生」の解決は得られない。






 ※このエントリーについては、すべてのコメントに応えることができないかもしれません。



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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
貴殿の考えに同意します。

死刑に萌えるのは2次元の、妄想の世界だけにして欲しいです。
灰すら残せない存在
2007/09/24 11:55
日本は、江戸時代の封建主義のなごりがいまだにとれず報復を容認する傾向があり懸念を感じます。
人を殺すというのも殺人ですが、殺されたから殺すというのも報復殺人であり、殺人と何らかわりありません。
報復は報復の連鎖を生み、何ら解決になりません。死刑制度は廃止すべきです。
封建時代の名残
2007/09/24 20:00
いかなる理由であっても人を殺める事を正当化することは出来ません。
もし「こういう理由なら人を殺めても良い・・・」というならば、その「こういう・・・」は誰が決めるんでしょうか?
この世界に決める権利のある人は本当に居るんでしょうか?
死刑を肯定する人たちの意見で報復以外の理由を暗にも明にも聞いたことはありません。死刑=報復殺人を肯定することは、戦争を肯定することと同じです。
すぺーすのいど
2007/09/24 21:43
私は死刑賛成です。
その理由は、結論から言えば「感情」です。
理性で人を殺めるのはよくないと思っても、感情にうそはつきたくない。

世の中の決まりごとの中には、人の感情から生まれた、作られたものもたくさんあると思う。
加奈子
2007/09/25 13:09
to加奈子さん。
すぐ上の「すぺーすのいど」です。
もう一度此処に来られたなら教えてください。
その「感情」はどんな「感情」ですか?
どんな「感情」に嘘をつきたくないんですか?
「怒り」?「悲しみ」?・・・(^^ゞ
答から別に加奈子さんを論破しようとかそんなつもりはありません。
ただただ、知りたいだけです。

to dr.stoneflyさん
勝手にブログ使ってすいません。
どうしても聞きたかったので・・・お許しを・・・m(__)m
すぺーすのいど
2007/09/25 19:30
すぺーすのいど会長、どうぞご遠慮なく。
取り敢えずワタシは控えておきます。


灰すら残せない存在さん、
封建時代の名残さん、
コメントありがとうございました。解って頂ける方には解っていただけることが解りホッとしてます。
dr.stonefly
2007/09/25 21:46

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