毒多の戯れ言

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zoom RSS 「教育三法が駄目なわけ」(1)…そも、教育とはなんぞや

<<   作成日時 : 2007/07/10 17:16   >>

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 自殺の防止に力を入れると言った政府の内閣から自殺者を出し、教育再生で道徳を教えなければならないとノタマう政府の内閣で新たに入閣した人間が税金の横領をしたうえにウソをつく。
 嘘つき内閣がアベ壷内閣で、新ウソつき閣僚が赤城ということは誰もが知る所だ。
 赤城という新農相は「事務所費を架空計上」したとして注目されているのだが、そのこと自体が問題なのは既に多くのブログでも書かれている。ワタシが注目したいのは「教育」の面。
 どうやらこの件が明るみに出たのは、赤城が事務所として経費を計上していた「実家」にマスコミが突然インタビューに行ったからのようだ。7月7日、突然のインタビューにあわてて応えた「実家に住む」赤城の実父は「事務所としての実体など全くない」と答えたようで、赤城はそんな実家を架空の事務所に仕立て上げ経費を計上していたのだが、実父の正直な言葉によっていきなり窮地に追い込まれることになる。
 ところが、一晩たった7月8日のインタビューでこの実父は「事務所として使っていなくもない」というニュアンスの言葉に変え、お茶を濁した(笑)。
 まあ、多くの者がめちゃ簡単に推測できるように、7月7日の夜に赤城が実父に電話して、ウソをつくように頼んだか、怒鳴ってウソをつかせたといったとこだろう。この息子は実父に猿芝居をさせたわけだ。

 息子が父親にウソをつく様に指示し、それに従い父親がウソをつく(爆)。

 因果だなぁ。この馬鹿息子にしてこのバカ親あり、このバカ親にしてこの馬鹿息子あり、だな。
 こんなことは別に赤城に限った事ではない。親も子も素性のしれた世族議員の親の姿、子の姿を観察してみればよい。「嘘つき」「国民騙し」「税金横領」は遺伝子ではないだろう。おそらく「教育」によって「嘘つき」に育て上げられるわけだ。こんな教育されたやつが、教育改革だの道徳だとノタマい教育基本法を変えて迄、なにをしようとしているかが問題だと思うわけさ。つまり「教育とはなんぞや」などとちゃんと考えられない奴らが「教育」と騙ってしようとしていることはなんぞや、ということを思考したいのである。

 では、取り敢えず政府のアホどもがいう教育というのを後にして、そも「教育とはなんぞや」ということを先に考えよう。と、いっても「教育学」も齧ったことのない人間のいつもの肌感覚なのだけどね。
 まあよくいろいろな人、ときに「教育評論家」なる肩書を持つ方やらがテレビなどで喋っている。あれもワタシは結構違和感がある。
 なんだか結局は「社会」での処世術やら、あるいは生活するための術を教えるのが教育みたいに言われているが、「教育」とは果たしてそんなものなのだろうか? とワタシは考えてしまう。だいたいにおいて、そこには「社会」や「生活」というものが存在しているという前提で語られる。多分、存在しているのだろうが、「まずあるもの」として、その前提を疑うことなくそこに同化すること処世することを教えるのが「教育」なのだろうか? という疑問である。
 
 結論から言うと、ワタシは「教育とは、思索することと表現することを教える」ことと考えている。まずは「社会」や「生活」などあるものに関しても、「思索することをできるようにする」のが教育だと思う訳さ。
 例えば「挨拶」について考える。
 よく息子に対して「挨拶をしなさい」という。ただ「挨拶をしなさい」で終わるのが処世術の伝授。こんなものは教育でもなんでもない。ワタシは息子に「何故挨拶をするのか」という自分の考えを言うわけだな。何故「挨拶をしなければならないのか」を教えるのではなく、「ワタシはこう思うけど、君はどう思う」と考えさせるわけだ。これが非常に難しい。まずワタシ自身が「何故挨拶をするのか」解っていなければならない。さらに小学校2年生の子どもに解るように説明(表現)の仕方を思索しなければならない。そして息子に自分の意見を言葉でいわせる。これがさらに難しい。ほとんど場合が「解らん」と言うわな。でも、ワタシは言葉を変え例えを変えてなんとか解らせようと繰り返す。まあ繰り返すうちに少しずつ解ってくれるのではないか、と思っている。ゆくゆくは「挨拶をするのがよい」または「挨拶をしなくてよい」というのを能動的に考えさせ、するか、しないかを意思決定させるわけだ。
 しかもそこも実は教育の目的ではなく、もう一歩すすみ「何故挨拶をするのか」という問いそのものを自分でたてることができ、そして思索できる。ここまでできて教育といえるのではないだろうか? あとは本人次第。
 習慣、風習、約束事なんかに関しても思索させる。「昔からやっているから」「みんなやっているから」は理由にならない。己がどう考え、自分で「意志決定」までさせる。それが間違った意志決定だと思われる場合は、ワタシの意見を伝えさらに考えさせる。それでも意志を貫こうとすることはやらせるわけだな。まあ子どもであるから大抵の場合は失敗するのだが、自分で決定したうえでの失敗なのでそれでいいのだ。
 最終的に「何故生き、何故死ぬのか、そも生きる死ぬとはなんなのだ」みたいな問いがたてられ思索できるなら、豊かな生が得られるような気がするわけで、このあたりはワタシ自身も途上なのだが、ワタシにそこに至らせるような教育がなされてこなかったのが原因である、って、いい齢こいて他人のせいかい!?(笑)。
 こんな風に書くとワタシがスパルタで息子が理屈っぽい子どもが育つように聞こえるかもしれないが、実際はボケーとした子で、さらに父のほうもダラダラ、グダグダとやっているので周囲からは、もちろん息子からも、こんな深い教育理念をもっている素晴らしい親とは観られていない(爆)。

 いずれにしてもワタシの場合は息子に対して、全てが万事このように対峙しているので非常に大変なのだが、やはりこれが教育ではないかと考えるわけ。これが自分の子どもにするのは、ある意味あたりまえ、多くの子どもに対してできるのが教育者ではないかと思うのだ。国語算数理科社会音楽図工体育すべてが「思索と表現」のための単元であり、「思索と表現」を教えることをベースにおいていなければ教育とはいえない気がする。またそれをベースにおいて子どもに対峙出来ないものは教育者といえない気がする。(もちろん、つづく)





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○(私信)「嗚呼、負け犬の遠吠え日記(新館)」の小路様、TB及びリンクありがとうございました。貴ブログ、コメント欄にて御礼を申し上げようとしたのですが、コメントができません。またFC2にTBが相変わらずできない状態です。ここを観ていただけると信じて御礼を申し上げます。

○辺野古では相変わらず違法作業がすすめられています。左コラムの辺野古の情報ブログを訪問して、どうか皆様ご注目ください。また「++つぶやき手帳++」の主義者Y様からTBいただき、沖縄タイムスの記事のように沖縄北部で「枯れ葉剤」が撒かれていたようです。怒りをもって注目してください。
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200707091700_01.html

「Saudadeな日々」のFrancisco様からTBいただきましたように、「物を言う」ブログのインターネットの言論統制が始まろうとしているようです。最大の抵抗をしていきましょう。



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コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
赤城親子の問題から、教育のことに話が進むというところが、いい意味で、dr.
stoneflyさんらしいです。挨拶のことも、そこまで考えておられるとは。灰谷健次郎作の『天の瞳』は思いっきり子供と教育のことが考えられる面白い小説ですが、主人子りんたろうとそのお母さんの姿と重なりましたよ。その母子のモデルは、漫画家、石坂啓母子らしいですね。どうして、de.stoneflyさんが、りんたろうの母(父ではなく)のほうに似ているかなんて、怒らないでね。(笑)
非戦
2007/07/11 09:46
非戦さん、こんにちは。
なんか、読み返してみると誰もが解っているようなことを偉そうに書いてますね。まあ、このエントリーの続きの「国家と教育」を書くにあたり、やはり「教育」とはというのを確認しときたかったので、こんなエントリーになりました。
文中「挨拶」は例えです。「教育」をこんな感じで考えているといったとこですね。
「天の瞳」読んでません。今度読んでみます。
dr.stonefly
2007/07/11 17:35
そうそう、赤城の親をバカ親などと書いてしまいましたが、子どもを庇いたくなる「気持ち」はわからなくもないんです。でも、こうした親の態度が続いた結果、こうした子に育ったということではないのでしょうか?
dr.stonefly
2007/07/11 17:37
dr.stoneflyさん、こんにちは。
教育についてのご説、拝見しました。子供のいない私には実感がないので何とも言えないのですが、それこそが教育なのだろうと思います。
ただ私の思うに、教育というのは「教」と「育」の両面があって、dr.stoneflyさんが仰られているのはその「教」の部分ではないでしょうか。
仰られているように、dr.stoneflyさんの教育は大変だろうと思います。ですが大変なのは親だけではなく、子供の方もも同じなのではないでしょうか。その「教」を下支えするのが「育」、はぐくむことなのでしょう。そしてこれはたいていの場合、無意識下で行われていることなのだと思います。「教」が意識上の思索のトレーニングであるのとは反対に。
dr.stoneflyさんの「教」がうまく行っているのなら、それは「育」の方もうまく行っているということで、これこそまさしく「教育」なのでしょう。
愚樵
2007/07/11 17:56
 そうですね.動物の「しつけ」と人間の「教育」とは何が違うか.ルールを学習させるのが「しつけ」.自分で考えて行動する人間をつくるのが「教育」.
 その昔,米国の「心理」学者たちはネズミで「学習」実験をやって,その成果が教育学に「応用」されていたそうです.「ハメルンの笛吹き」の逆で,ネズミが笛を吹いて,そこに心理学者,教育学者,教師,生徒が群がってネズミについて行く.きっと最後は皆で川に飛び込んで溺れてしまう.まあそれに近いような事を「教育」と称してやっていた時代もあったようですね.
Ladybird
2007/07/11 21:17
愚樵さん、おはようございます。
そうか、ここに書いたことが「教」ということなのか、とあらためて考えてます。「育」が無意識で行われていて、うまくいってればいいのですが、答えがでるのはもう少し先かもしれません。ただ、ワタシの方は息子に相当、育てられていて、非常に感謝しています(笑)。
ワタシばかりのことを書いてしまいましたが、息子も家以外のいろいろな場所で育てられているのでしょう。
「千の風」は、「変わらないもの」と言うことが掴めずなかなか、コメントできません。すみません。
dr.stonefly
2007/07/12 08:45
Ladybirdさん、コメントありがとう。
「しつけ」と「教育」ですね、なるほどなぁ。「ルール」自体について思索することは教育かもしれませんね。後半の話は怖いですね。ネズミ、こぎたない壷ネズミ、はてさて皆溺れてしまうのでしょうか? 
dr.stonefly
2007/07/12 08:45
お久しぶりです。
仕事が一段落したので、ネットを見て回る時間が少し、とれるようになりました。
教育・・・・難しいテーマですね・・・・。
「教えること」「育むこと」双方あって始めて成長が成される訳ですから。
ただ、何の為に「教育」があるか?というと、自分で考え、自己実現、そして自己超越(マズローの三角形の6番目の欲求「自己超越欲求」=自分だけでなく社会全体を考えよう・その為に行動しようとする欲求)の為だと思う次第です。
ただ、「生涯学習」自分を常に高め続けることができてはじめて、後に続く子どもへの教育も可能だと思うので、なかなか・・・・
私は「子ども」にいい背中を見せているか?そういう大人で在れるか?模索中です。
理想に近づきたいな、と思う今日この頃です。

自分の考えをまとめてみたくてコメントしました。(でも、まとまってないかな・・・・又、勉強してきます)
思索の種をありがとうございました。

アカリ
2007/07/16 11:09
アカリさん、こんばんは。お仕事お疲れさまでした。 不勉強なワタシはマズローの欲求を詳しく勉強したことはありませんが、面白そうですね。 「自己超越欲求」というのは、その言葉だけでわくわくします。 ただ究極には、説明にある「社会全体を考える」ではなく、社会そのものも超えてしまう、自己実現ではなく、自己そのものを疑ってみる。 このあたりまで行ければなぁ、と思ってしまいます。 最後は、こどもにどう教育しようとするのではなく、自分が「どう生きるか」ですよね。親がどう見せようかではなく、こどもはこども独自の視線で勝手にみているのでしょう。勝手に育っていくのかも。  ……、自らのエントリーを自ら否定するバカ(爆)……失礼しました。
dr.stonefly
2007/07/18 01:03

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「教育三法が駄目なわけ」(1)…そも、教育とはなんぞや 毒多の戯れ言/BIGLOBEウェブリブログ
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