毒多の戯れ言

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zoom RSS 「誰がために私は闘う?」…あるいは何のために生きる?

<<   作成日時 : 2007/04/27 14:34   >>

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 ずっと考えていたことがある。映画「アンニョン・さよなら」を観て、また考えてしまった。
 「私」は一体、誰のために、何のために、闘っているのだろう?ってね。今のワタシが「闘う」と言うのは非常におこがましさを感じるので、「生きる」でもいいのだけど……。
 誰がために私は生きる……、とはいっても最初に疑問をもったのは「闘う」場面だったので、このエントリーでは「闘う」で考える。
 最初の場面ということでまたまた過去に遡るのだが、過去にワタシが「青カン(ホームレス)支援」(青カン支援は闘いなのだ)をしていたときのことである。その頃支援者じゃない人間からよく云われたのが
 「そんなことしてもホームレスのためにならない」という言葉。
 特定の一人に云われたわけじゃなく、わりと多くの人に云われた。まあ多くは「私は会社のために一生懸命働いている」と断言して、その言葉を思索していなかった人のような気がする。
 そうした人々が言うほとんどは「怠けてホームレスになった人間に手を差し伸べる必要はない」という意味だった。また、支援などして「甘やかして」はホームレスのためにならない、という意味で言っていた人もいるかもしれない。ここで、こういう意図でこういう科白を言う人の無知と冷徹さを解説するのは、今回のエントリーの本題ではないので割愛する。また、そうした人々への答えとしてワタシがよく説明していた、この社会があなたもワタシも青カンも含めた社会で、しかもその皆が含まれる社会の矛盾により青カンを排出される状況を云々……という説明もここでは割愛しよう。
 今回の思索は「何故」私は青カン支援をしたか、である。
 現実に支援をしていた頃は、「支援なんぞ、いらん」という青カンがよくいた。たとえば「炊き出し」などの支援であれば、「支援はいらん」という青カンは炊き出しの場(会場)に来ないので出会いにくいが、「夜回り」など支援者の側から訪ねる支援ではよく出会った。そんな青カンと出会うとまたまた考えさせられるのだ。その「支援なんぞいらん」という青カンの思いと支援しなければというワタシの思い。
 「そんなことしてもホームレスのためにならない」と、もう少し違う側面。
 よく考えてみる。
 「ホームレスのためになる、ならない」以前に、そもワタシはその支援という行動を「ホームレスのために」やっているのだろうか? という疑問である。
 ワタシは「社会の矛盾により社会から弾き飛ばされた青カンに死と隣り合わせの生活を強いるのは間違っている」と考え支援していたのだ。これが結果「ホームレスのために」なのかもしれない。でも考えていくと、やはりちょっと違う気がする。正確に云うと、ワタシは「社会の矛盾により社会から弾き飛ばされた青カンに死と隣り合わせの生活を強いるのは間違っている」と考える「私自身の意志」のために支援という行動をしていたのだ。つまりワタシは、青カンのためではなく、私自身の思いのために青カン支援という行動をしていた、ということなのだ。私の「意志」や「思い」を実践していくことが、「生きる」とすれば、私が生きるために行動していたと考えてもいいのかもしれない。
 ちょっと違う例で考えてみる。戦争に向かっている国家と闘う場面。そこで「息子のために闘う」というのも、「息子に悲惨な戦争を巻き込ませたくない」と考える私の意志のために闘うのであって、息子という別人格がどう思うかとは関係ない。いやワタシの思考のなかでは「息子という別人格がどう思うか」は関係あるのだが、現実の息子がどう考えるかはワタシには解らない。

「ホームレスを助ける」ため or「ホームレスを助けたいという自分の意志」のため
「息子を戦争に巻き込ませない」ため or「息子を戦争に巻き込ませないという自分の思い」のため
 たとえ行動が同じになったとしても、やはり違う気がする。結果として「助かったホームレス」や「戦争に巻き込まれなかった息子」が、どう思うかは「ホームレス」「息子」という自分とは別の人格の問題。あくまで自分の問題なのだ、と言う意味で、やはり後者が「本質」だということを自分のなかで一度ちゃんと押さえておきたいと思ってる。
 「○○のために死んでもかまわない」という言い方も矛盾に満ちている。「自分の意志を実現するための行動で死ぬことの矛盾で、死んだ時には自分が居ないわけだから、その生きるために死んではなんのための行動かわからない、……気がする?
 なんだか安っぽい哲学書みたいになってきたが、どうも、やはり、なんとなく、最近、特に、この辺りをきちんと押さえないと駄目なんかなぁと、思ってしまうのだ。

 自分のため、ん、自分の意志のため、
  ……本当に自分のためなのかなぁ。何かニヒルな感じで厭だな。

 「自分のため」だから「自分の意志、自分の思い」に忠実に発言、行動すればよいとは思わない。どんな「意志、思い」でもよいなんてこと言い出せばただの我が儘バラバラだ。壷でもOKと言う事になってしまう。やはり「意志、思い」は常に深く厳しく自分に問われるべきだろう。その「自分の意志、自分の思い」をとことん検証し、それが普遍的な「善」であることの確認をしなければならない。「真理を追求しているか」は常に思索しなければならない。結局は他の誰かにではなく、自分に問いかけ、それが大変厳しく困難な作業であるかもしれないが、その自分の思い、生き方が、誰にとっても、つまり普遍的な「善」「真理」であったときには、あれあれあれあれ「自分のため」ではなくなっているかもしれないなぁ。ということは、皆が、普遍的な「善」「真理」を追求して行動すればいいんだ。
 ……この辺りまで思索できて生きてゆければいいのだけど。どうも目の前の可変的で感情的な世情や政治に流されっぱなしであることを省みないと駄目かな。



 なんて思索しているうちに、「だいたい自分ってなんやねん」というとこに陥り、さらにグルグル悪酔いしていく……。依然、思索途上である。



 

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内 容 ニックネーム/日時
イシハラの映画『僕は、君のためにこそ、死にに行く』という題名が嫌いです。中身については、見ていないので、はっきりはわかりませんが、特攻隊員が出てくるようですね。国(=権力者、軍隊)のために殺された若者のことを、美化しているようです。殺された若者をこのように表現して、結局戦争と戦死を美化してしまおう、というのではないでしょうか。ちょっとdr.stoneflyさんの趣旨と違ってしまったと思いますが、絶対戦争で人は死んでいけない。止めるときも死んではいけない。でも、そういう民衆に銃を向ける政府のあります。銃の代わりに、言論封鎖、「非国民」よばわり、差別、弾圧などという形をとることあります。それにも気をつけなければいけないと思いました。
非戦
2007/04/28 20:41
戦争と言う普遍的な「悪」を美化しようとする言動に耐え難い怒りを覚えます。あげていただいたの映画しかり、靖国しかり、です。○○のことを真に思うのであれば、○○を思う自分の意志、行動が「善」であるならば、○○のために死ぬのではなく、○○のために生きなければならない。
ただ、「善」く生きようとする人間を、無思索に「殺す」人間がいることについては、もうすこし考えなければならないのかなぁ。
それと、「死」そのものについても、もう少し考えなければならないかもしれない、と思ってます。
dr.stonefly
2007/04/29 06:38

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