毒多の戯れ言

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zoom RSS 「市民か?庶民か?ヘタレか?」……つまりは精神的自由を追求する

<<   作成日時 : 2007/03/27 09:51   >>

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♪こーの舟を漕いでゆけ!! おーまえの手で漕いでゆけ!! 
  おまえーが消えて喜ぶ奴におまえのオールをまかせるなぁ!!♪
 

 カーステレオのスピーカーを通してわめく中島みゆきに合わせ、7歳の息子がドスを効かせ我鳴り立てている。しかもかなりの不協和音。息子はワタシに似ずに音痴なのだ。……てなことはどうでもよく、この歌詞(言葉)を効きながら考えてしまった。消えて喜ばれるような、自分の手でオールを漕ぐ者は「市民」なのかな?  なんてね。
 ワタシがブログを初めた初期の頃からお付き合いしていただき、ワタシの思考をグルグルと揺さぶり楽しませてくれる愚樵さんが書いた「庶民vs市民」というエントリを、これまた親しく馴れ合ってくださる華氏さんが取り上げたので「庶民」とか「市民」が気になってしまったわけだ。
 というわけで、今回は華氏451度さんの「私は「市民」ではなく「大衆」である(……ような気がする)」にほんまもんのTBをしようと思う。こうした本当の意味でのTBは初めてで、気の弱いワタシにとって誰かの記事にもの申すTBなどという大それた行為は本意ではないのだが、華氏さんなら多少の無礼も笑って許してくれんじゃないかと甘えてみることにした。

 ワタシが「市民運動」などとして書くときの「市民」は、権力にとって「消えると喜ばれるような人間」(ちょっと自意識過剰か?)で、己の手でオールを漕いでいる者のような気がしている。市民でない庶民は権力に迎合し、いや迎合しているという認識もなく、オールをどこかに置き忘れ、いや置き忘れたという認識もなく、TVの情報を鵜呑みにしてのほほんと泥舟に乗っている人ということになるかな(言い過ぎか?)。
 愚樵さんの『仮』定義では、>市民は「自立的な個人」(確立された自我を持ち個の倫理によって思考する人達)、庶民は「自立的でない集団」(場の倫理によって思考する人達)……だった。
 「市民」と「庶民」を仮にこんなイメージでこんな風に分けると、華氏さんはいくら自分で「私は庶民だ〜!!」と叫ぼうとも、華氏さんを知る周りは「あなたは十分に市民です」と評価するだろう(笑)。ただ華氏さんは大人であり、ワタシが自分を「市民」と意識していたころとは違うんだろうなぁ。実際にワタシが「『市民』運動」などをしていたころは、どこまでも無思考な「庶民」にイライラしたり、時に権力に流されるままに無意識の悪意をふりまく庶民を攻撃したりした。でもそれを責めることに、どれだけの意味があるのだろう。むしろ権力の思う壷ではなかろうか。こうした「市民」「庶民」みたいなことが意識されたとき、区別が差別を呼び、「市民」と意識し優越感をもつことこそが分断となり、「市民」としての敗北であることも予感させる。これが解っている華氏さんは、あくまで庶民(の立場)でいたいと感じるのかもしれない。
 こうして考えると「庶民」だったものが、自分は「市民」だと意識し、さらには市民と意識することに違和感を感じて、一周まわって「庶民」に戻るように見えるが、実際は最初の「庶民」と一周して戻って来た「庶民」とは違うのではないか? 違うと思うワタシは一周まわってきた「庶民」を「ヘタレ」と呼びたい。
 では、もう少し「庶民」か「市民」か「ヘタレ」かを追求しよう。

 華氏さんは言う。
> 「マル金とマルビ」という言葉があった(念のため言っておくと、ビというのは貧乏の意である)。この言葉がやけに流行したとき、私の中に耐え難いほどの不快感が満ちた。そして「私は断固として、マルビの側である」と宣言したことを今も鮮やかに覚えている。勝ち組と負け組、選ばれた人間と選ばれなかった人間、目覚めた人間と無明長夜に踏み惑う人間、強い人間と弱い人間……エトセトラ。すべてについて、私は後者であり、その立ち位置を死ぬまで忘れずにいたいと思う。「市民と庶民(大衆)」という構図も、私の中では同じようなニュアンスを持っているような気がする。

 うーん、それぞれの対比を「市民と庶民」をこうした構図でイメージしたとき、ワタシも確かに後者で有りたいと思う。というか、現実に後者であり、そうした意味では庶民なのだが、でもね、こうした物言い(構図)自体が、前者も後者も合わせて愚民として下にみている偉そうな者か、そうでなければ前者(マル金、勝ち組、選ばれた人……)、もしくは前者と思っている人間の物言いじゃないのだろうか? でね、そういう意味で後者(庶民)でいたいというスタンスは解るんだが、いわゆる後者(マルビ、負け組……)にいる大多数の庶民は出来れば前者の人間になりたいと思い、前者に劣等感を持っているような気がするのだ。つまりこういう構図(物言い)に価値を持つことにおいては前者(市民)も後者(庶民)も同じなのである。(おそらく、華氏さんは解りやすい例として、この「物言い」を挙げたと思うのだけど、例えとして前者に憧れることなく後者として居たいとしても、この構図を前提にする(価値をもたせる)ということ自体が罠に嵌まっている気がするのです。生意気言ってごめんなさい)
 で、何がいいたいかというと、この構図(物言い)自体に価値をおかない、この社会で価値とされているもの(マル金、勝ち組、選ばれた人……)に価値を置かない、価値を感じない者を「ヘタレ」と呼びたい。つまりこの世で価値とされているもの「金」「地位」「名誉」「物質」……に価値を見ないということだ。

 この世で大多数が言う「価値」というものに対して

           完全にヘタレている。


 ワタシは「市民」でも「庶民」もない、そんな「ヘタレ」でありたいのさ。と、最近意識しはじめた。

 華氏さんは言う。
 >私はさあ、そんなぁ、リッパな存在(市民)じゃあねぇよ。

 大丈夫です。ヘタレはリッパな存在に価値をおきません。

 さらにさらに。
 >私は……目覚めた市民であるよりも、行方定めぬ漂泊者でありたい。ギリギリ可能な限り、集団の規範だのモラルだのからも解き離れていたい。それを許容されることだけが、私のささやかな望みだ。私の原点は、ただそこにこそある。

 ははは、やっぱり華氏さんも「ヘタレ同盟」ですね。いやいや「同盟」を結ぶことになぞに価値などおきませんので「ヘタレ同盟」という言い回しも間違っています。世の言う価値からヘタレ、目覚めた市民であることにヘタレ、集団の規範やモラルからヘタレましょう。>行方定めぬ漂泊者…どこまでも自由な精神です。世の中がいう「価値」に束縛されずに頑として存在する「自由な精神」。ここにこそヘタレ道の神髄がある。どこまでもそれを追求していきたい。それで生意気にもワタシが華氏さんに呼びかけてしまったのが次ぎのコメントです。

 戦前のようになったら「日本を脱出する」というようなことを言われていたような気がするのですが、そう言わずに日本に居続けましょうよ。それこそがヘタレの神髄とは思いませんか? ヘタレ道を極めましょう(爆)。

 ……でもね、実はこんな具合にヘタレ道をとことんまで追求すると非常に困った事態がおきるんです。
 この困った事態が、本当は本質なんですが、でもこの「自由な精神」であるとこの本質を書いちゃうとこのブログも終わっちゃうんですよね。今迄漏らしてきた「戯れ言」の大多数の記事もまったく無意味になる。呼びかけてきたことも嘘になる。ある意味ワタシの記事に応えてくれた仲間を裏切ることになる。
 ふう〜、弱ったなぁ。どうしたもんかなぁ? ほんと困った、……誰か折り合いのつけ方教えてくれるといいんだけど……。



※時節柄、こういう記事を書くと鬼才「外山恒一」(必見)を想像される方がいるかもしれませんが、全くそうではないんです。このオモロいお方は全然「ヘタレ」ではありませんから(爆)。
 

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内 容 ニックネーム/日時
つまり非限定的で広範囲な社会集団の呼称が、その中に自己を包摂するものとして自己言及的であるときに、自己の存立基盤の宣言となることへの躊躇と気恥ずかしさの淵源の由来が問題かされるわけですね。

と、以上の文を読んで納得しないでください。インテリブリッコの冗談で書いただけです。

市民というのは、都民じゃなくて市に住んでいる人と小さい頃は思っていたのかな。ともかく「歴史学」用語の「市民」をどこか引きずる言葉として、大きくなると使い出すんでしょう。「市民」ということば。
岩波新書に近刊の宣伝が入っているでしょ。横長を四つ折りにしたの。小学校のころ、あれに「岩波市民講座」なんて書いてあったので、市民という言葉のイメージが作られたところがあるなあ。

目覚めていない多数にいらだつことも、そうして他者を見ることが一つの上昇志向や権力作用ではないかと自ら警戒することも、昔からあってこれからも続くのでしょう。
なんかの運動をしているかどうかにかかわらず、「努力するあいだは迷う」ものなのよねー。
kuroneko
2007/03/27 10:28
こんにちは。まわりくどいこと言ってないで、あなたの言説は、一巡りした差別意識に基づくものだよと言っておやんなさいな。「華氏451度」に限らず、なぜか浅野支持を表明するブロガーに、この手の鈍感力の人が多い。自分は「下」だなんて平気でぬかす。それが、どれほど、優越感から出た発言であり、本当に「下」であえいでいる人間の意識を逆撫するものか想像できない。そして「下」の人間はとても美化できる存在じゃないってゆうリアルな認識もない。貴兄がこのエントリーを上げたのは、ドヤの住人たちとの厳しい体験があるからでしょ。批判すべきときは、遠慮せず批判すればいい。お互いブログ仲間なんだから。
BLOG BLUES
2007/03/27 20:20
おはようございます。いろいろ考えているうちにインテリゲンちゃんなkuronekoさまのコメントにうーんとうならされたかと思いきや、BLOG BLUESさまの刺激的なお言葉。何だかお二方の熱い思いがこちらまで洩れ伝わって参りました。「市民」をやり玉にあげるのは、明らかに策にはまってますよね。「既得権益を持ったサヨクやニッキョーソは弱者の味方なんかしない。庶民が強くて実行力のあるほうに期待するのは当然だろう」ってどこかで聞いたことあるんだよな。それによってこれまでの人間的な運動を否定させられているのに気付かないと、そろそろ。こんなふうに汚されちゃってどうすんの。ほかの民主的な国の人が普通に持っている「市民」とか「労働組合」とか「人権」の概念。自ら汚しちゃってどうするんですか。命の危険を冒して今も闘っている方々いらっしゃるのに。もしかして、私のが一番アレだったりしますか。いえ、これは、その……失言です。思わず本音が出ちゃいました。ごめんなさい。
ごん
2007/03/28 06:19
kuroneko兄さん、BLUESの兄貴、ごん師範代、コメントありがとうございます。いずれもエントリよりも深い内容にどうお応えしたらよいか悩み、何度も読みなおしグルグルと思考しているうちにお応えが遅れてしまいました。申し訳ありません。
 インテリブリッコの部分はもともと基礎学力の低いワタシにとっては難解でした(爆)。そも自己の存立基盤を宣言するのに社会集団の呼称として自己言及することに間違いがあるのではないか? 個としての「自由な精神」に求めなければならないのではないか? とか……(爆)。
 それと、このエントリは華氏さんを批判するものではありません。華氏さんのエントリに刺激を受け自己を振り返るために書いたものです。ただBLUESの兄貴のいうことは非常によくわかる。ワタシへの叱咤として受け止めます。ワタシ自身心がけようとしていて、ついつい忘れがちになる「市民」でも「庶民」でもない「棄民」からの視点、ここにあらためて気づかさせてくれた。本当に感謝です。ただ、このエントリと浅野は関係ないです(笑)。
dr.stonefly
2007/03/29 03:26
 ごん師範代(笑、この呼び方駄目ですか?)、最近やはり沖縄在住のさめさんという方からコメントをもらいましたが、やはり、どうしても沖縄と本土では「温度」がちがうでしょうね。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。でも、バーストしたときの喪失感を思い出すと「出来ることを出来る範囲で」という呼びかけしかできません。ただ思索することは呼びかけたいと思います。とにかく考えようぜ!! ってね。

 実は「庶民・市民」ではなく、エントリでは「ヘタレ道」とした「生きること」でグルグルドロドロしていました。3名の師からご意見を頂けたことでエントリを書いたのですが、あまりにコアで理解されるのが困難そうなので公開はやめようと思います。ただ、ワタシのなかでちょっと光が見えました。感謝です。
 いつもワタシに思索のヒントを与えて下さる華氏さんに本当に感謝してます。special thanks!!
 
dr.stonefly
2007/03/29 03:26
TBありがとうございました。モツ煮込みのようになった頭の中を少しでも整理したい……という、まあそのためのメモ、みたいなエントリを一緒に考えていただいて感謝です。

> この構図を前提にする(価値をもたせる)ということ自体が罠に嵌まっている気がするのです

というくだりに、ドキリとしました。そう……否定したい思いが変にねじれて、いつのまにか罠にはまってしまっている。上でBLOG BLUES兄貴が指摘しておられたように、自分の中に存在する差別意識を鏡に映し出された気がして、恥じ入っているところです。アホですな、やっぱり。
華氏451度
2007/03/30 00:10
続きです(というか、書き忘れてた)。私に対する批判ではない、と書いてくださってありがとう。ただ何というのかな、批判だったら誰にでもいくらでもして欲しいのです。的外れな罵倒、とかは困りますけど。たとえば憲法9条は変えちゃいかんとかエトセトラの基本的な部分は別として、自分が100%(または100%近く)正しいことを言っているつもりはないし、自分の視点が正しいかどうかも自信はない。間違っていることは大いにあり得る。そのあたりを一緒に考えもらえる人がいたら嬉しい、おかしなところがあれば教えて欲しい、という感じでブログなんぞ書いているのですから。その意味で、このエントリは(コメントも含めて)私にとっては非常に有意義でした。ありがとう。
華氏451度
2007/03/30 01:14
華氏さん、コメントありがとう。
ワタシも建設的な批判をすることに躊躇するものではありません。でもこの前も書きましたが、「書き言葉」だけで繋がるブログに慎重にならざる得ない部分もあります。
ワタシは、よく訪問するブログでエントリを読んだ時「ワタシならどうだ」「ワタシならどう考える」という感覚で読みます。今回のTBもそうですが、そうした読み方をしたとき、自分に向かっての問いかけであって、TB先への批判にはなりえないのです。
ただ、それに対して諸兄が意見をくれることは非常にありがたいと思ってます。今回もワタシが気づかなかったことを気づかせてくれた。そうした意見がTB元である華氏さんにも届けば、こんないいことはない。
BLUESの兄貴の言う「ブログ仲間」というのはこうして熟成されていくのかもしれませんね。
dr.stonefly
2007/03/30 14:59

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