毒多の戯れ言

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zoom RSS 「いのちの価値と国家」(2)……例えば障害児のこと

<<   作成日時 : 2006/12/28 17:33   >>

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 「人の命を大事にしない国家というは絶対に健全ではない」…前回の最後に紹介した亀井静香の言葉である。やはりこれは正しいと思う。
 これまで何度も書いてきたが、ワタシは現実の「国家」など罪悪だと思っていて、そうとう妥協しても必要悪ぐらいにしか思っていないのだが、もし亀井がいうように「国家」の中心生命である「人の命を大事にする」ことが実践されていれば、これほど嫌悪感はなかったかもしれない。いや、もしかして「愛国心」さえ持てたかもしれない。
 今回は、ニポンという国家が「人の命を大事にしていない」ということを、「発達をはぐくむ目と心」(白石正久 全障研出版部)という本に感化されつつ考えてみたい。まずはp11-p12辺りに載っている二つの言葉。

 「われわれは、自明の真理として、すべての人は平等に造られ、造物主によって、一定の奪いがたい天賦の権利を付与され、そのなかに、生命、自由および幸福の追求が含まれることを信ずる。また、これらの権利を確保するために人類のあいだに政府が組織されること、そしてその正当な権力は被治社の同意に由来するものであることを信ずる」

 「すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」


 1番目が「アメリカ独立宣言(1776年)」、2番目はご存知「日本国憲法第 一三条」である。
 とりあえずどちらも「生命、自由および幸福の追求」が「政府、国政」により「確保、最大の尊重をされる」ことが謳われていて「人のいのち」を大事にすることが「国家」の使命であることを読み取ることができる。しかーし、アメリカも独立宣言の精神を実践できていればよかったのだが、トホホな歴史と現状である。ニポンもしかり。
 現実の「国家」は「いのち」をいたるところで反故にしてきた。まずは「戦争」だ。そして「人種差別」ほかありとあらゆる「差別政策」がいのちを奪ってきたことは明白。白石氏いわく、ナチスドイツの「断種法」から、ニポンの「癩(らい)予防法」他……、枚挙にいとまが無いといい。ワタシは「死刑制度」しかりである、と強くいいたい。それでも、この「いのちをまもる」精神は、市民の諦めることのない運動によりすこしずつ「国家」にさせてきたという。
 ここで例を挙げるのだが、ワタシなどが知っている例は既に多くの人が知るものであろうから、ちょっと専門的になるが、せっかくなので「発達をはぐくむ目と心」から障害児のことを紹介したい。

 過去に障害の重い子どもたちは、その障害を理由にして、学校法第二三条の「就学猶予・免除」規定が悪用され不就学のまま放置されて、学校に通うことを諦めさせられていた。ところが「学校に通う」ということは「生きること」そのものに対しても軽視できないという。藤本文朗(福井県鯖江市)の調査・報告によると、1967-72年の6年間で46名の不就学児童のうち8名が亡くなっていて、その半数以上が脳性マヒをもち寝たまま学校へ通う事のないまま亡くなった。1970年に開校した養護学校に通学できた重複障害児が、72年までの3年間で一人も亡くなってない事実と対照すれば、無視できない状態であることを伝えている。
 学校に通うことは、教育を受ける以前に、覚醒し、からだを起こし、移動して新しい空間に身をおくことで、生活にリズムを生み、体力をつくる基盤にもなる。思春期を越えて生きるのは難しいとさえ言われてきた障害が重い子どもの「いのち」は、実は学校に通うことを諦めさせられたことで断たれてきたのだ。
 こうした「国家」の態度を改めるべく、親や教師によって1974年に東京都で「希望者全員修学」、1979年「養護学校義務制実施」を運動によって獲得してきた。(dr.stoneflyによる消化要約)


 これは「国家」によって諦めさせられていた障害児の「いのち」の獲得と言えないだろうか。このように様々な場面で様々な運動によって「いのち」の獲得が少しずつであるがされてきた。本来「国家によってなされるべき『いのちを大切にする』ことが市民によって獲得」されてきたのだが、ここにきて新たに「国家」による「いのちの価値を値踏み」されつつあるのだ。新自由主義だな。
 また、白石さんの言葉を借りよう。(21p)

 「今また、いのちの尊厳を蹂躙し、人間の価値を値踏みしようとする不気味な足音が聞こえます。国によって守られるべきいのちに「自己責任」の矛を突きつけ、医療や福祉に応益負担を導入して、いのちを守ることへの対価を求め、障害児教育のコストを問題視するあからさな政策は、すでにいのちの価値に対する値踏みそのものではないでしょうか。」
 
 医療や福祉、まさに「いのち」そのものに繋がる「国家の中心生命」を放棄し、「いのちを守ることへの対価」を求めている。「国家」の有るべき姿を放棄した、魑魅魍魎とした得たいの知れない化け物へと化身している今のニポンの現状なのである。いやもしかしたらこの化け物こそが「国家」なのかもしれない。
 このニポンに住み「国家」を形成するワタシたちも、もう一度、何が「国家の中心生命」なのかを思考し認識し、個々が化け物と化さないよう、「真理」を追求していかなければならない!!
 もし「国家」が化け物でなく「いのちを大切」にすることができる天使なら、「愛国心」を強要する必要もなく、誰からも愛される国となり、「愛国心」などという言葉そのものが無意味なものになるのではないか。

 以上、2006年最後の主張でした(笑)。


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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
亀井静香は自ら「あさま山荘事件」の指揮を執った警察官僚であり,抵抗する過激派たちの姿を生で見たからこそ,彼らの思想も理解し,自らの置かれた立場上,彼らを処分しなければならない辛さも体験したから,つまりゲンバの人間だからこのような言葉が出たのではないでしょうかねぇ。

kaetzchen
2006/12/29 22:19
私も教養部の頃は機動隊とぶつかった記憶があるけど,機動隊の一人に「お前らエリートのくせしやがって」と言われた時には,流石に力が抜けましたね。高卒で警察に入ったものの,一番下っ端の機動隊に入れられて,学歴コンプレックスの塊だったことは分かります。私たちも機動隊は肉食ってる,俺たちはカップラーメンと学食定食,負けるのは分かってる,なんて笑ってましたからね。

障害児と言っても幅が広くてね……。例えば私は生まれながらに「てんかん」という障害を持ってます。薬で抑えられる障害なので,勉強ができたおかげで医学部に入れました。だけど,勉強が忙しくて,ついつい薬を切らして発作を起こした時の寮の連中の視線は明らかに異質なものでした。仕方ないよね,本人は気絶してるんだもん(笑)

長くなりそうなので,障害児の置かれてるあり方については,またいずれ。
kaetzchen
2006/12/29 22:20
「あさま山荘」の警察側の指揮は亀井静香だったんですね。記事中の言葉といい、主張を通して自民を割ったことといい、認めるべき部分は多く有りそうですね。

障害児(者)に関しては、健常で差別者であるワタシの個人的な課題のひとつであり、常に意識して考えていかなければと思っています。「常に意識して考えていかなければ」と考えていること自体が既に差別なのか?とか、やっぱり知らなければならないとか、所詮自分は健常者で本質はわからないのかもしれないとか……、いつまで経っても答えは見つかりそうにありません。
dr.stonefly
2006/12/31 01:44
自分が障害者だから言う訳じゃないけど,一部の人が「キチガイ」なんかの「差別用語」に噛付くのは結局自己満足に過ぎないんじゃないかって思いますよ(笑)

要するに同じ人間だから,助け合って生きていけば良いじゃない,という「連帯」の思想が一番大切なんです。意識すればするほど,「連帯」からは離れて行くんじゃないかな……というのが,私が日常的に白杖を使い出してからの感想ですね。

# 私は目線がきついので(別にキツネ目の男じゃないですよ(笑)),今日も教会でおばちゃんたちに,kaetzchen さんは目が不自由とは思えない,なんて言われてたりします。障害者手帳にはちゃんと障害の内容まで書いてあるのにね。
kaetzchen
2006/12/31 18:29
「差別語狩り」が免罪符かぁ、深いですね。ちょっと思索を深めたくてうずうずしてます。
「同じ人間だから、助け合って連帯していければいい」仰る通りです。何故こんな単純なことができないのでしょう。「やっぱり人間は……」と考えてしまいます。
いずれにしても「差別」について再度考えたいと思ってます。
dr.stonefly
2007/01/02 07:29
「差別」はなくならないと考えています。語弊があるでしょうが、聖書の時代からあるのですから。それが人間の原罪・性なのかも知れません。自分自身の差別意識をスキャンして認識する必要はあると思いますが、意識してドツボにはまった記憶があるので、最近はそこそこにしています。人に不愉快な思いをさせない、されたくない、ということなのかも知れません。
life_is_beautiful
2007/02/06 00:45
うーん、確かに「差別」は人間にある原罪なのかもしれません。が、社会により「差別」を利用され、固定化することで権力者のが権力の固定化をはかる、という部分はあると思います。
だから、やはり常に気にして自分自身と社会をみていかなければ、と思ってます。
とっても気になるワタシは誰よりも差別者なのかもしれない。
dr.stonefly
2007/02/06 03:52
そうですね。個人的な「差別」意識とは別に、社会的・政治的に差別意識が作られ、固定化されることには真っ向から反対して行きます。私自身も差別者であり、被差別者でもあります。
life_is_beautiful
2007/02/07 06:20
広い意味で言えば障害のない人は一人も居ません。差別的に言えば政治家という職業の人達は考え方の障害者と言う事になるでしょうか?精神の障害者とでも言いましょうか。五感の障害、肢体の障害内臓の障害、精神、感情、社会観、すべての事で正常である人など居ません。差別される人すなわち差別する人であるわけで差別というものが実に馬鹿馬鹿しい話なのです。
エンゼルヘアー
2007/06/12 16:24
広い意味でいえば障害者がない人がいない時点で、ひっくり返せば障害者がいないわけで、皆平等にそれぞれの障害を認め合って生きれればいいのですが、政治家など、特定の障害を固定化する障害者がいるのが現実ですね。
ひとつの価値が固定化されたとき、差別がやはり生まれます。ワタシも、あるカテゴリーの障害者による特定の価値の固定化はバカバカしいとは思うのですが、現実ではそのバカバカしさに苦しむ者がいる。
この構図はバカバカしくなく、シビアな現実でしょう。
みんなが、バカバカしさに気づけばいいと思うのですが……
dr.stonefly
2007/06/12 18:10

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「いのちの価値と国家」(2)……例えば障害児のこと 毒多の戯れ言/BIGLOBEウェブリブログ
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