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国家は、イジメられて自殺する子どもに対し「自殺はいけない、いのちを大切にしようと」と言う。そんな国家が12月25日に4人のいのちを奪った。4人同時執行というのは9年ぶりらしい。もちろん、ひとり一人の「いのち」にとって、クリスマスの執行とか4人同時とか9年ぶりとかは関係ない。たとえ12月26日に2年ぶりに一人が死刑執行されていても、一人にひとつのいのちが奪われることは同じである。が、あえてクリスマスという「特別な日」に執行する法務大臣のサディステックな神経は尋常ではないだろう。「いのち」に対しこうしたマイナスである残虐性をもつ人間が法務大臣を努めてはいけない。既に多くのブロガーが訴えているが、ワタシも「死刑制度」と「死刑執行」と「資質のない愚かな長勢法務大臣」に強く抗議する。 さて、イジメによる自殺と死刑のそれぞれの「死」に違う態度で望むのは国家だけではない。「イジメの自殺はいけなくて」「死刑による殺人は仕方ない」と、多くの庶民も同じよう考え、疑問をもたない。ワタシが訪問するブロガーは「死刑制度」反対し、「死刑」に揃って抗議しているのだが、世間全体からすると少数派なのかもしれない。 では、イジメによって自殺する子どもの「いのち」と、死刑によって国家に奪われる「いのち」では違うものなのだろうか。なんて、声に出していうと、 「違うにきまってるじゃないか!!」とお叱りの罵声をあびることになる。 前にも「死刑制度は感情だ」などというエントリーを書いたら、抗議のコメントがわんさかきてウンザリした。恐らくこのまま話をすすめれば前回の二の舞になり、議論が多岐にわたり収拾がつかなくなるのだが、実は、議論が多岐にわたるのも、収拾がつかなくなるのも、「生きている」からなのだ。という「生きている」ことにおいて、全ての「いのち」は同じ地平にあるのではないか。 生きていなければ、反撥も、議論も、食い違いも、歩み寄りも、反省も、許しも、ない。死刑囚によって既に殺された「生きてない」人とは、議論も、話し合いも、憎しみあいも……、何もないのである。あるのは殺された人と近い人、周囲の人、世間の人々……「生きている」人同士の間におきるのである。「死」とは「無」であり、何もおきない。 つまり「いのち」の対極にある「死」とは議論の余地をなくし、全てを中断させ、否定し、拒絶し、逃避させるものである。 だから、イジメている子どもに呼びかける「死んではいけない」「生きていればいいことがある」「人生はながい」云々。「生きている」いのちへの呼びかけとして、「生きていなければ」いけない、というのは正しい。「生きて」いなければ話にもならないからである。 これは、「死刑」に対しても同じようにいえるのではないか。いのちを奪って「生」を拒絶し、「生の可能性」から逃避してそこで全ては中断してしまう。「死」は話しにならない。「生きて」いなければ話にならない、と。 ワタシは、それぞれの人が、「生きている」=いのち、という地平にいてこそ可能性があると信じたい。「変わること」「成長すること」「許すこと」すべてが「いのち」のなせる業なのだ。 国家が「生きる」ことの地平を放棄して、死刑を執行する。こんな国家に成長や可能性があるのだろうか? ない、と言わざる得ない。 奇しくもワタシの嫌いな亀井静香でさえ言っている。 「人の命を大事にしない国家というのは絶対に健全ではない」 個人的にいくら嫌いでも、この認識は正しいと認める。 |
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年末に一句
真実を 発見すると 左遷され 真実を 隠蔽すると 出世する (詠み人 ヒラメ裁判官) ...続きを見る |
闘うリベラルのチャンネル(新宅) 2006/12/27 03:02 |
目先の欲得を優先する公明党!!
■ 「公明党には思想・理念はない!!」続編 浜四津は「やっぱりひまわり」(鳳書院)を出版した翌年(1998年11月17日)国会裏の星陵会館で開かれた「盗聴法」反対集会で、次のように力説した。近年ますます深刻化する組織的犯罪を放置してはなりませんし、またこれに対する適切.. ...続きを見る |
競艇場から見た風景 2006/12/27 03:26 |
外国人実習生への性暴力/植草一秀氏事件から見える「適正手続」問題(入管法改定案に関する国会会議録より...
2006.12.27.10:30ころ 外国人実習生 役員から性的暴力(2006. ...続きを見る |
多文化・多民族・多国籍社会で「人として」 2006/12/27 10:48 |
私の死刑考
12/25日のクリスマスに、再審請求中死刑囚を含む4名の死刑が長勢甚遠法相の署名によって執行されました。 ...続きを見る |
言ノ葉工房 2006/12/27 17:44 |
「小泉的破壊」とは?
質問1.「小泉的破壊」の具体的な内容は何ですか? ...続きを見る |
晴耕雨読 2006/12/27 22:18 |
笹川−児玉−田中角栄−そして中曽根−小泉
(笹川と変わり身の早さ) ...続きを見る |
晴耕雨読 2006/12/27 22:19 |
美しい人権後進国・ニッポン
えー、予告しておりました、先日25日の死刑執行に関連したエントリーでございまして。 まずは、リアヨロで行われている、死刑制度を維持すべきか? という調査の結果から。 【死刑制度】 維持すべきか?全属性 / 性別 / 年齢別 / 地域別 / 時系列 / 属性別一覧Powered by ということで、積極的存置派が83.5%、消極的存置派が7.5%で、存置派全体が91%、ということになりまして、今更ながら日本人の人権意識の低さに愕然としてしまったわけですが、この調査結果から透け... ...続きを見る |
徒然気儘な綴方帳 2006/12/29 02:40 |
クリスマスの死刑執行を報じるル・モンド紙の記事
「ル・モンド」の記事は、12月25日の政治的死刑大量執行が外国からはこう見えるという一例です。忙しさで翻訳が遅れてしまい、申し訳ありません。私も記事を翻訳してくれる秘書がほしい。しかし、「世界愛人主義同盟」社長によると、予算が足りないので私の秘書まで雇う .. ...続きを見る |
秘書課村野瀬玲奈です 2006/12/29 15:15 |
凶悪犯罪は横ばいでも死刑は増える
死刑宣告、最多の45人 厳罰化 世論が後押し(産経新聞) 今年は全国の地裁、高裁と最高裁で計45人に死刑が言い渡され、裁判所別の統計資料がある昭和54年以降で最も多かったことが29日、分かった。新たに死刑が確定した被告も約40年ぶりに20人に到達。確定死刑囚の総数は同日現在で戦後最高水準の94人に達している。司法関係者からは「凶悪犯罪に厳罰を求める世論の影響が大きい」と指摘する声が上がっている。 死刑判決が増加している背景について、今年死刑を宣告された被告の弁護人を務めた弁護士は「凶悪事... ...続きを見る |
非国民通信 2006/12/30 18:45 |
イラク元大統領「フセイン死刑執行」
1982年、イラク中部ドジャイルでイスラム教シーア派住民を虐殺した「人道に対する罪」で死刑が確定していたサダム・フセイン元大統領(69)に対して、絞首刑による死刑が30日午前6時(日本時間正午)ごろ執行された。国営テレビが発表した。判決確定からわずか4日.. ...続きを見る |
競艇場から見た風景 2006/12/31 12:00 |
死刑廃止世界大会
アムネスティ日本「死刑廃止ネットワークセンター」より 第三回死刑廃止世界大会報告 2月1日からの3日間、パリで第三回死刑廃止世界大会が開かれた。2001年第一回ストラスブール、2004年第二回モントリオールに続いて、世界から死刑をなくすことを目的.... ...続きを見る |
ものぐさ太郎の独り言 2007/02/27 23:58 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
確かに、いじめ自殺を放置するのも死刑を放置するのも政治的なサボタージュであることは否定出来ないと思います。 |
人の命を大事にしない国家 2006/12/27 18:43 |
こんにちは。 |
アオネコ 2006/12/27 22:57 |
死刑制度には「執行」ということがついて廻ります。執行するのは誰かと言えば、たいがいの人にとって自分ではないわけです。誰かにそれを任せます。私たちが死刑制度を選ぶということは、誰かにその任を負わせているのだということに気づけば、少しは認識が変わるのかなと思うのですが。裁判員制度が開始されることを思うと、切実な問題だと思いますが関心は低いですね。 |
さくら子 2006/12/27 23:49 |
みなさん、おはようございます。なんとなくほんわかした |
dr.stonefly 2006/12/28 08:48 |
この死刑の翌日の26日,ブドウ酒事件で,裁判所は,80才の被告に不当判決を出しましたね。ひどいです。新証拠が3つあるのに、却下したとか。「疑わしきは、罰せず」をかなぐり捨てさりました。 |
非戦 2006/12/28 08:49 |
あ、しまった。 |
gegenga 2006/12/28 11:33 |
非戦さん、こんばんは。 |
dr.stonefly 2006/12/28 17:01 |
gege師匠、こっちにもTB飛ばしといてください。 |
dr.stonefly 2006/12/28 17:03 |
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