毒多の戯れ言

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zoom RSS 「憲法九条を世界遺産に」(1)…みんな違ってるこそ豊かなんだ!!

<<   作成日時 : 2006/10/05 08:47   >>

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 つまりほれ、例のあの本、あれを読んだわけ。藤原紀香の出馬の噂が一夜かぎりの悪夢だったその晩、偶然みた「太田総理」にへぇ〜と感心し、太田光を見直したので「憲法九条を世界遺産に」を読みましょう、と書いてから随分時間が立ったが、ようやく読む事ができた。
 まず三言で言おう、よかったよ。勉強になりました。お薦めです。
 だいたいワタシのように「肌感覚」だけでものを言ってる人は、解りやすく論理的に説明してある文章にあうと「ふむふむ、なるほど」と単純に感心してしまう。そんな箇所が10もあれば、完璧に「いい本」になってしまうのだ。で、この本も10箇所ぐらいは納得したり感心したりした記述があったと思うからワタシにとって「いい本」ということになる。
 例えば、ワタシが前回書いた「じゃ、日本をでていけば〜」といふお方の……という記事なんかを考えるヒントも実は載っている。ここの部分は太田光ではなく、共著(対談相手)の中沢新一が言っているのだが、
 そもそも共同体ってのは、違う意識や思考をもったものの集まりで、誤解やずれ(ディスコミュニケーション)で溢れている、というのだな。すぅーと、読み流しそうになるが「みんなちがう」ということはもう一度確認しておいたほうがよさそうだ。で、意識の違いや思考の違い、誤解やずれ(ディスコミュニケーション)があるからこそ「この世界の豊さはつくれられている」という。そうそう、そうなんだよ。それなんだよ、と妙に納得する。ツレなんかとも「あーでもない、こーでもない」と飲みながら話をするとみんな違うことがよくわかる、でも話していて楽しいよな、みんな同じじゃ飲み屋の会話さえつまらんだろ、などと思い浮かべながら読みすすむ。
 すると中沢新一は、そうした関係もどこかで破綻するという。それが「宗教、国歌、法という、現実を離れた幻想が関わってくるとき」だと。そんな「幻想」にとっては、誤解やズレを微妙に譲り合ったり、納得したり、納得できなかったり、寛容したり、反目したり、でもなんとなくやっぱりツレのままでいたり、とそんな不安定なこと自体を危険だと判断するわけだ、と言っている。で、ちょいと本文をそのまま書かせてもらうと、
 「国家も法も、単一の価値を立てようとします。宗教は、いっそう単一な価値を立てて、そこに人格全体を巻き込んだ意味づけをしようとする。/そうなると国家、宗教、法が作動している世界とディスコミュニケーションを命として、豊かな世界を剥ぐんで居る世界との間に大きな齟齬が生じてきます。この食い違いが次第に大きくなり、国家的な規模の政策の中に人間が巻き込まれていくときに、ディスコミュニケーションが、危険なマイナス要因に変貌して行きます。」(憲法九条を世界遺産にp32から引用)
 おお、そうなのか、実はワタシもそう思っていたんだ。こうして知識人に理路整然といわれるとワタシの肌感覚もあながち間違ってないだと、ちょっぴり嬉しい。
 構図としては、「ディスコミュニケーションを寛容する『豊かな世界』vs唯一の価値を強要す『?な世界』」となるわけだな。「?」の部分は、それぞれが本を読んで思考してもらえばよくて、「豊か」に対して「貧相」(もちろん物質的なことではなく精神的に貧相という意味)でもいいのだが、ワタシは敢えて「つまらない」と言いたい。

 「みんなちがっていてそれでいい」という寛容は豊かさに繋がる。もっとお気楽に言えば、それぞれの「人生のたのしさ」に繋がるのではないか。その「たのしさ」を知っている人は「みんな同じじゃないといけない」という「つまらなさ」も解っている。いやそれが「つまらない」と予感し確信している。だからこそ声をあげ「つまらない」を宿命的に背負っている「国家」を注視していて、「つまらない」に傾倒していく社会に「NO!!」と言うのだろう。やっぱり「たのしい」を強奪され「つまらない」を強要されたくはないからな。だから「国旗、国歌」しかりなのだ。「つまらない」を押し付けることに抗議する。たとえそれが自分に直接強要されたのではなく、「つまらない」を拒否し「たのしい」を奪われようとしている都立の教師のような人を助けようとする。それは、決して人のためだけではなく自分のためということも解っている。みんなが、楽しければ、己も「もっとたのしい」ことも知っているから……。
 しかし、不思議なことに「国家」ではなく個であるのに「つまらない」を強要する人々もいるのだ。そういふ方たちは「一体なんなんだろう」と考えてしまう。まさか、「たのしい」が解らない自分の苛立ちや、「たのしい」を知っている人々に対する嫉妬で「つまらない」を押し付けてくるわけではないよな。
 「我こそが国家」などと妄想を抱き、権力をもつことを喜びとするアベやイシハラのような者でなく、おなじ地平に立つだろう市民(庶民?)で「日本をでていけば〜」などと「つまらない」を強要してくる人々は、実は「たのしい」「つまらない」という感覚もないのかもしれない。弱ったなぁ。どう対応すればいいんだろう……。そこが悩むとこなのだ。
 きっと「国旗、国歌の強要をすすめる」市民(庶民?)は「私は『たのしく』生活してますよ」なんて、コメントしてくるんだろうなぁ。と、一応牽制しておこう。もっと考えようね(笑)。

 「「じゃあ、日本をでていけば〜」…といふ方のメンタリティ」などという記事を書いてしまった後味の悪さを自らフォローするつもりだったのに、結果的に追い打ちをかけてしまった気もしている。さらにそのうえ、肝心の「憲法九条」まで辿り着けなかった(爆)。ということで、いい本だったので「憲法九条を世界遺産に」(2)も書くことにしよう。また読んでね。よろしく哀愁。

 
 

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コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
おぉ、なんと!!
私はこの本をちょうど昨日読み終わり(仕事が暇だったので、1日で読んでしまった)、今日エントリーを書こうと思っていたところです。
が、今日は仕事が忙しいので書けるかどうかわからない(汗)

なんか書いたらトラックバックさせていただきます。
gegenga
2006/10/05 13:27
こんにちは。いろいろ「勉強」になります。発信者の皆さんに感謝します。
私は、本読んでませんが、中沢さんが言っていることが、地域社会や学校や会社で当てはまるところに、この国のしんどさ(楽しくない)があるように思います。楽しさは多様であっていいのに、楽しさを一元化しないと気が済まない方がいます。学校の先生は「協調」を子どもに教えます。間違ってはいませんが、それは自分の楽しさを放棄することとは違うと思います。我慢できないダメオヤジは子らからよく叱られます。当然、自分の楽しさを大切にしたいからです。ファシズムでも「隣組」がない国家であればかなり気が楽になるように思います。反対に自由な社会であっても「隣組」があるとファシズムと同じなのではないかと思います。
だから、自分の楽しいは、隣人の楽しさとは違うということを、出て行けばといわれようが、暮らし方で表現しないと、国家レベルの議論のみでは、毎日が楽しくならないと思います。
ダメオヤジ
2006/10/05 15:05
dr.stoneflyさん、こんにちは。
この本読みました。よい本だと思います。中沢新一氏は、ファンです。この方と河合隼雄氏からはいつもインスパイアされています。おふたりの対談『仏教が好き』も面白いですよ。

>ディスコミュニケーションが、危険なマイナス要因に変貌して行きます
左右に対立は、今まさにそういった状況に陥りつつありますね。大変残念なことです。
危険なディスコミュニケーションが生じる最大の理由は、互いに相手の思想・倫理体系を貧弱なものと思い込んでしまっている点にあると考えています。どのような体系もその内部には豊かな実りがあるのです。でも、ちょっとした視点の違いでそれが見えないだけなのです。
愚樵
2006/10/05 15:34
例えば右が国旗国歌を強要してくるように左は感じます。現象としては国旗国歌に敬意を表するかどうかという単純なことですので、右の体系の奥にあるものが見えなければ、それは単に強要されたとしか映りません。逆に右から左を見れば、右には左の体系の奥が見えていないから、単に拒否するだけと映る。そして各々の体系の内部(共同体)では、プラスのディスコミュニケーションはちゃんと機能しているのです。
左の中にだって、みんな微妙に意見は違うでしょう。でもそれが豊かな世界を作り出している。これはあちら(右)だって、同じなのです。そういった中で、自分のアイデンティティを各共同体の中で確認していく。
対立が際立つとき、共同体はその対立に備えるため意見が先鋭的に集約していく傾向を見せます。ここでマイナスのディスコミュニケーションが働いていく。左はまだそれほどではありませんが、右はそれが顕著に表れているようです。そして左も右に引きずられて先鋭化が進みつつあるのではないか?
まだ続きを書かなければならないのですが「庶民vs市民」なんてのを書こうと思ったのは、そういった危惧が私の中にあるからなのです。
愚樵
2006/10/05 15:35
gegengaさん、いらっしゃい。
1日で読んでしまわれるとは素晴らしい。ワタシなんぞこの記事の箇所を含め、気になるフレーズが出て来るたびに「妄想」に襲われ考え込んでしまうため2週間ほどかかりました。(鬱)
「かめ?」道場流ツッコミのエントリー楽しみにしてます。
dr.stonefly
2006/10/05 20:57
ダメオヤジさん、うーん痛いとこをつかれた。そく襲われる実生活の「つまらない」とこに目をつぶって、なんとなく抽象的な「国家」を責めていることは否定できません。町内会、PTAそして学童保育所でさえ「つまらない」現実に我慢してます。いいですか、「初さん」のコメントに対して「しんどいから応えない」と言ったこのワタシの心理。これがまさに一番身近な「しんどさ」から逃げているのと同じものです。わかってます。
とはいうものの、学校(PTA)、町内会はまだ「つまらない」という度合いも少なくて済んでいる。学童保育所に対しては、めんどくさがらずに「楽しい」を求めようかなと思ってます。
ただ、これからは国家レベルの「つまらない」が普通の生活に浸透しようとしていると思ってます。国家がコントロールする「隣り組」が現実に復活するのではないのでしょうか?
dr.stonefly
2006/10/05 21:11
愚樵さん、コメントありがとうございます。
ワタシの場合は左右にわけたとき、右の言う事を思考よりも感覚ではねのけてしまう。確かに「肌感覚」で判断し、ものをいうことで、マイナスのディスコミュニケーションを醸し出しているかもしれませんね。ワタシにとっての課題でしょう。悲しいかワタシの記事が先鋭的ではないと思いますが(苦笑)。まえの記事「日本をでていけば」と言う方の……を書いたときも実は「つまらなか」った。切捨てる、排除している気がして悲しかった。
でも、書かずにいられませんでした。
ワタシ自身ちょっとは耳を傾けてみようという努力もしなければと、実はこのまえ小林よしのりの「靖国論」を読んだですね。それでもそれがめちゃくちゃ苦痛だったんですよ。ディスコミュニケーション以前に関わりたくないと思ってしまう。
まだまだ思索が足りないのかもしれませんね。もっと考えたいと思ってます。
「市民と庶民」続編たのしみにしてます。
dr.stonefly
2006/10/05 21:31
おはようございます。
ゲリラ的に暮らさないと毎日がころがらないもので・・不規則な毎日です。しかし、こんな生活も「隣組」からみれば「奇異」な暮らしであり「通報」の対象なんでしょうね。
国家レベルの「隣組」・・・・同感します。ただ、実態は、過去の「隣組」がそのまま「仮死状態」にあるだけで、すでに「受け皿」としてはあるように思います。だから、多くの人が、「異論あり」という生活をしないと・・・、私孤立するという予想で、ダメオヤジやってます。戦いも議論も生活も楽しさも、多様な形であっていいと思います。
 ただ、子育てには、日常生活がよい「教材」になることは確かですよ。国家も、学校も、地域も、同質な一面を間違いなく持っていて、相互補完していると思っています。
当地は雨ですが、ご子息、傘持てますか?
ダメオヤジ
2006/10/06 05:46
こんにちは、
dr.stoneflyさんのコメント欄から・・
私は小林氏の”わしズム・夏号・・戦争論以後”を読みました。香山リカさんの名をみて、
どんな対談かなと思ったんです。
”東大一直線”の漫画の頃から、彼は猪突猛進型人間のようですが、根は”真面目すぎ”なんだと思います。真面目は時に過激な方向に行きやすいですよね?また、この雑誌内で、対談相手の大塚英志さんが説いていた”非武装中立論”に興味を持ちました。これから考えてみようと思っています。
una
2006/10/06 13:35
ダメオヤジさん、おはようございます。
息のつまりそうな隣組のなか生活お疲れさまでございます。
国家の望む隣組というのは、さらにヒステリックに監視しあう(監視される)ものになる気がします。
「旗日に日の丸を軒先にあげていないと『通報』される」というような……。斎藤貴男の話なんかでは、すでに「ラーメン屋の立看板が歩道にはみ出していたから、立看板を店のなかに投げ入れ客に怪我をさせた、町の監視員という一般市民」とか「カッターナイフを持ち歩いていた学童指導員が、しょっぴかれた」というウソのような話が現実におきているようです。村八分ならいいのですが、村八分=通報の対象では洒落になりません。
子どものこと心配ありがとう。傘だけなら持てるのですが、傘と荷物は無理です。送っていきました。
dr.stonefly
2006/10/07 06:04
unaさん、再来訪ありがとう。
ワタシは「ゴー宣1巻」以来のよしりんでした。それ以外は読んでません。小林よしのりは真面目だと思います。「靖国論」なんかでも「左」は当然のこと、参拝した首相も、「右」もこき下ろす。この許容のない真面目さに傾倒する少年少女が多くいるようです。おそろしや。
dr.stonefly
2006/10/07 06:18

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