毒多の戯れ言

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zoom RSS 「9.11あれから5年」…報復の戦争は望まない、と叫んだ人々

<<   作成日時 : 2006/09/12 08:55   >>

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 9.11から5年がたった。が、これまで一度も9.11同時多発事件について書いたことがない。ブログをはじめたのだから、一度は書き残しておこうと思う。
 あの夜、全くリアリティのないままテレビを見つめ、大騒ぎになってもリアリティなどもてず、結局いまもニホンの片隅で生活している。アメリカの、大きな一面を象徴する二つのビルに旅客機が突っ込み崩壊、多くの人間が死んだ。でも、小さなテレビの画面は現実を眩ますように平面画像を映し出し、ワタシには現実感がない。
 ただ現実味をおび、鮮明に覚えているのが、あの事件のすぐ後にテレビに映し出された人々、あの事件で家族を失った遺族の言葉である。
 「報復の戦争は望まない」……正確な言葉ではないかもしれないが、ワタシの記憶には、このフレーズで刻み込まれた。
 アメリカでさえ、こんなことを言う人はいるんだ。驚きだった。もちろんアメリカにだって色々な人はいる。そんなことは分かっている、はずだった。どうしても、戦争をしたくて仕方のないブッシュの言葉と拍手で応える聴衆をみると、それがアメリカの総意だと思ってしまう。そんななか、ブッシュに反感をもち、平和を愛する人々が映し出されたのはワタシにとって衝撃だった。
 極悪非道の殺人犯に家族を殺され、憎悪をあらわにしても、それはあたりまえとされている。そんなことになれば、ワタシもどうなるかわからない。それを哀しみと怒りを押さえながら「報復の戦争は望まない」という、あのアメリカの人々……。

 ある日、ミサイルがワタシの住む町に飛んできた。ワタシの家族はミサイルの犠牲になり殺された。首相がテレビでミサイルの正体はテポドンだと言い、報復の戦争を行う、と叫ぶ。ニホン全国憎悪に目をギラツカセ「殺れっ、潰せっ」と叫ぶ。
 そんななか、ワタシは
 「報復の戦争は望まない」と言えるだろうか?
 犠牲になったのが家族なら、言えるだろうか、なんとしても言いたい。
 しかし、友人が犠牲になったとしたら、いや全く知らない人が犠牲になりニホン全国「報復戦争」の一色になったとき、ワタシは「報復の戦争は望まない」といえるだろうか? やはり、なんとしても言いたい。

 「報復の戦争は望まない」こんなことを苦悩のうちに言わなくていいよう、普段から叫び続けなければならない事はわかっている。しかし、最近のニホンの空気は「報復の戦争は望まない」と言えるかどうか悩むことを、非現実的と笑い飛ばせない。
 ブッシュを始めとする「戦争をしたい方のアメリカ」の尻馬にのり、アメリカとともに世界中から嫌われ、おそらく最後には(いや始めからか)アメリカからも見捨てられるだろうニホン。
 そんなニホンに住むワタシたち普通の市民は、「9.11」で教えられた「アメリカの希望」=「報復の戦争は望まない」という人々たちとこそ手を繋がなければならないのではないか。

 とりあえず、ワタシは遺言としてここに記しておこう。
 「報復の…いや全ての戦争を否定する」
 

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内 容 ニックネーム/日時
私も「報復の戦争」に反対する人々の声を聞いた時、こういう態度を取らなければならないという気持ちを強くしました。
あの時、ブッシュ大統領と同じ宗派に属するキリスト教の牧師が大統領の戦争政策を諌めるために面会を求めたことがありましたが、大統領は会おうとしないばかりか、その牧師を逮捕させたのです。その後ろ手に手錠をかけられた牧師の写真が新聞に掲載されていました。
このように、アメリカのキリスト教徒もすべてがブッシュ大統領を支持しているわけではありませんが、新聞報道などでは、どうしても戦争を支持する「キリスト教原理主義者」の方が大きく扱われ、それが「総意」であるかのように見えてしまいますね。
どんな状況の下でも思考停止に陥らないよう、日ごろから批判的精神を研ぎ澄ましておきたいものだと思っています。
すずな
2006/09/12 10:04
こんにちは。
>どんな状況の下でも思考停止に陥らないよう……、
まったくそうですね。でも、本当に極限の状況に立たされたときの自分に自信がなく、不安を抱えているのも現実です。だから希にいる強い精神の方…そう、たとえばあのアメリカの人々のような人々……、に会うと「生」とは「死」とは「自分」とは、と真剣にふり返らなければ、と心底思ってしまいます。また、思考しようと思ってます。
dr.stonefly
2006/09/12 11:48
>「報復の戦争は望まない」といえるだろうか?
私もdr.stoneflyさんと同じです。そう言いたいけど、言えるかどうかわからりません。そう言えるようになりたい。

世の中にはいろいろな情報が溢れています。本屋なんかに行くと、ハウツー本もいっぱい並べられています。お金持ちになる方法とか、キレイになる方法とか、モテモテになる方法とか。なりたい自分になる方法なんてのもあるそうですね。
「報復しないを決してしない自分」が私のなりたい自分のひとつの姿だけれど(欲張りなことに他にもなりたい自分があったりする...、汗)、そういう自分になる方法を教えてくれる情報は少ないです。あってもどこか胡散臭くかんじてしまいます。
でも、本当にそんな方法はないのでしょうか?

愚樵
2006/09/12 15:50
>「報復の戦争は望まない」と言えるだろうか?
こうした問題を考える場合、私は先ず被害当事者のことを思います。
「9.11事件の死者は何を望むだろうか?」と。

『仇をとってほしい !!』、なのか
『何故こうなったのか、原因を排除して再発を防止してほしい !!』、なのか、それとも
『放っといてくれ !!』なのか・・・

死亡した本人と、遺族とでは、案外違うかもしれない。

広島、長崎で爆死した人々、南京で虐殺された人々、絨毯爆撃で焼死した人々、飲酒運転で轢かれた人々・・・
彼らについてはどうでしょうか。

私の限られた経験では、
彼らは、報復を望んでいない様に思います。
報復を望まない様に人間を創った神(もし、存在するのならば)に感謝したいと思います。






宇太郎
2006/09/13 01:21
>愚樵さん、おはようございます。
ん、「報復しないを決してしない自分」ってどんな自分なんだろう? すっかり愚樵さんらしさが復活して、とても嬉しい気分なのですが、頭の悪いワタシには、ちょいと難しい言い回しです。
「報復しないを決してしない」のだから「報復するのか」? うーん違うよな。「考えを固定しない」ということなのかな? ということと想像して、なりたい自分になる方法は、ないのかもしれない。「自分になる」というのは、思考が自分固有のものに固定されることで「自分が他人とは違う自分」と感じるのではないでしょうか? つまり思考を固定しない自分は自分を感じることと相容れない気がするような……。考えを固定しない自分になりたい、というのは結構難しそうですね…、愚樵さんはもうなってるような気がしますが。
やはり、結局は「自分」とは、「思考」とは、何故「生きている」ってことの追求になるのかなぁ。うーん悩みます。
dr.stonefly
2006/09/13 04:41
>宇太郎さん、コメントありがとうございます。
うーん、またしても考えてしまいます。「死者」の気持ちは、ないでしょう。いや、あるかもしれません。でも知る方法はありません。結局は「死者の気持ち」を想像する『生きている人間』の思考なんですよね。
>彼らは、報復を望んでいない様に思います。
と、宇太郎さんが考えたように、そう考えない人もいる。昔からいる幽霊や怨念など「死者の気持ちを想像した、生きているニンゲンが作り出したもの」でしょう。ってこんな例を出さなくても、報復の戦争をする、と死者が思っているに違いない、と叫ぶ人は山ほどいる。
ワタシは宇太郎さんと同じベクトルで思考しています。(死者の気持ちを想像するのも宇太郎さんと同じように想像したい!!)
けど、やはり生きている個々が思考し、ときに闘っていかなければならないでしょう。
ただ、死んだ以降も、生きていたときの意志が引き継がれるか分かりませんが、死ぬまえなら意志を表明できますので、遺志を書いておきました。
まとまりのないコメントで申し訳ありません。
dr.stonefly
2006/09/13 04:58

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