毒多の戯れ言

アクセスカウンタ

zoom RSS 「日の丸」を変えたところで、旗は旗…

<<   作成日時 : 2006/06/15 14:34   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 3 / コメント 11

 W杯で嫌というほど目に入るので「日の丸」についての戯れ言を垂れ流す。あるネタがなんとなく記憶に残ってる。昔どこかで読んだのかもしれない。「日の丸」強要反対に対し「新国旗」をつくれば良い、というネタだった。記憶が定かではないので元ネタとは違うかもしれないが、「日の丸」はデザインとして素晴らしいから「少しだけ」アレンジしようということだった気がする。
 国旗の長方形もまん中の「丸」もそのままに、色をアレンジする。まんなかの丸を赤から白へと変えるわけだ。見た目は真っ白になるのだが、あくまで白地に白の丸が書かれているのだ。ほら表記も「日の丸」・「白の丸」で、よーく似てるでしょ? いまの潮流が進み、アメリカに戦争をそそのかされるまま、言われるなりに戦争になってもみんなで新国旗「白の丸」を振ろう。できれば戦う前から振るのがよろしい。もし相手が「白旗」と見間違えば「話し合い」が始まるというものだ。

 しかし、ワタシは何故「日の丸」に嫌悪感を持っているのだろう。「君が代」は歌詞が気色悪く嫌悪感があると言えるのだが、「日の丸」に関してあまり考えたことは無かった。おそらく伝え聞いた「戦争」の旗印としての「日の丸」への嫌悪感はあったのだろうし、軍歌を流す街宣車には必ず描かれている嫌悪感もあるが、本当に嫌になりだしたのは最近かもしれない。「国歌・国旗」がセットとして「国家」を象徴し、「君が代」を斉唱し「日の丸」に敬礼をする。それを法律で制定して従わない者は罰する。法律で罰せられなくても、それを象徴として「思想統一」を押し付ける輩が「ウヨウヨ」いる。ウンザリである。「君が代」の歌詞に対する嫌悪感も「思想統一の象徴」に対する嫌悪感のあとづけかもしれない。

 と、こう書いているとまた疑問が湧いてくるわけで、「国家」の象徴として強要される「歌」「旗」として嫌いならば、「君が代」「日の丸」でなくても、鬱陶しいと感じるのではないか? という疑問である。ややこしいので、この記事では「国旗」だけ考えてみるが、たとえ「戦争」の旗印になってない、新国旗「白の丸」にしてもそれを強要されることに違和感を感じないのだろうか? という疑問である。駄目だ、ダメだ。「白の丸」だろうが、なんだろうが絶対に駄目だ。それを押し付けられることにワタシの感性が受け入れない。もしかして、法律で強要される依然の問題かもしれないなぁ。

 そもそも「旗」とは何だろう。「旗」には自分だけの旗というのがないのではないか? 「旗」とは「集団」がもつ物だろう。そう、旗は集団の「象徴」であり「主張」だろう。人が旗を振る時、「自分が属する集団」を誇示する為に旗を振る。「自分の属する集団」を主張するために旗を高く掲げる。「相手の属する集団」を卑下するために旗を踏む。「相手の属する集団」を否定するために旗を燃やす。ワタシは旗を振る事も掲げることもしない。もちろん踏む事も、燃やす事もである。なぜなら、やっぱりくだらないと思うからである。「旗」を振ったり掲げたり、踏んだり燃やしたりすることもくだらないが、それ依然のもっと根本的な事。集団に属する事で自分を確認するというメンタリティがつまらないと思うのだ。同じ意志を持ち寄って、形として集団ができてしまう、というなら分からなくもない。しかしまず「集団」ありきで、そこに属したから「旗」を振るなんぞ、下らなさすぎる。

 旗を振りたい人は振ればいい。旗を高く掲げたい人は掲げればいい。でも、それを強要するのはやめて欲しい。それは必要で大切なこと、というメンタリティが唯一の価値観と規定しないでほしい。
 と、城山三郎の「旗」という詩を思い出した……

「旗」
旗振るな/旗振らすな/旗伏せよ/旗たため
社旗も 校旗も/国々の旗も/国策なる旗も/運動という名の旗も
ひとみなひとり/ひとりには/ひとつの命
走る雲/冴える月/こぼれる星……、ひとつの輝き……
……(中略)……
生きるには/旗要らず
旗振るな……
限りある命のために
   (城山三郎「支店長の曲り角」より)


 ほんとに、素晴らしい詩だと思う。省略するのがおしい。……って、え、よく見ると「運動という名の旗も」だって……。考えれば、労組なんかの集会でも「旗」が高らかと掲げられているなぁ。そう、そういえば、確か、あの歌にも「旗」はでてくるし…、♪…暴虐の楔断つ日、「旗」は血に燃えてぇ……いまぞ高く掲げん、我が勝利の「旗」…♪、あれ?、ん〜、なんとも〜、ん〜、なんだかなぁ、、、
 やっぱり同じだよな、国策の旗も運動の旗も。よし、ワタシも言うぞ、
 
  旗振るな、旗伏せよ、旗たため、…旗要らず……、限りある命のために……
 

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(3件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
これは成功なのでしょうか、失敗なのでしょうか? (君が代伴奏命令裁判の最高裁判決に思うこと)
リベラルな政治・社会ブロガーの顧問弁護士(?)のような存在だと私が勝手に思っている津久井進先生の記事のTB、そして、耕太郎さんの思慮深いコメントに勇気を得て、また、新聞に掲載された学者のコメントも読みながら、もう ...続きを見る
村野瀬玲奈の秘書課広報室
2007/03/14 00:04
よかったね♪ 那覇市・小禄中学校の皆さん
久しぶりの、いいニュース。 ...続きを見る
かめ?
2007/03/14 11:26
尻尾を振るな振らすな
&nbsp; &nbsp;                               2008年、元旦。快晴。 暖かいので近所の公園を一周した。  &nbsp;    &nbsp; &nbsp;      &nbsp; &nbsp;                               ...続きを見る
試稿錯誤
2008/01/02 09:07

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
私は日の丸好きだけど、日の丸=戦争なんて思いもしません、旗=戦争とも思いもしません。
なんでもかんでも戦争につなげる考え方は、逆に恐ろしさを感じます。
sin
2006/06/15 15:19
sinさんコメントありがとうございます。
正面きって「日の丸が好きです」と言われた経験がないので、戸惑ってます。せっかくコメントを頂いたので正直にいいますね。
「日の丸=戦争と思いもしない」のはちょっと問題がありそうですね。「なんでもかんでも戦争に繋げている」のではなく、ニホンがおこなった先の戦争では、「日の丸」を背負って人を殺し、「日の丸」を背負って殺されにいったという歴史があるのです。戦争に駆り出される若者を「日の丸」を振らされ送り出し、戦地では日の丸を立てて侵略したという歴史があるのです。ワタシの好きなブログでは「♪丘にはためくあの日の丸を仰ぎ眺める我がひとみ今日もくるくるお国のために、われらはみんな力の限り勝利の日まで 勝利の日まで」という歌を紹介してました。
 今もなお無理矢理戦争に従事させられ「日の丸」を苦悩の象徴として、見たくもないと思っている多くいるのです。
 ワタシは逆にsinさんのような感性の人が普通にいることに恐ろしさを感じますが、単純にsinさんが悪いとは思えません。社会で戦争を伝承してこなかったり、ねじ曲げて伝えることに怒りを覚えます。
dr.stonefly
2006/06/15 18:01
こんにちは。面白いのでまたまたお邪魔しました。「日の丸」・・象徴ですね。sinさんが仰るようにすぐに戦争には直結はしませんが・・ただ、ひとたび、日の丸を付けた戦闘機が空を飛び始める映像をメディアが流し始めると、今の日本の状況だと、危ないな〜なんて思ってしまうんです。強いものや、シンボルに縋りたい気持ちを持っている人が多いんじゃないでしょうか?? これは私の感性ですが・・・なんかこ〜シンプルで人々の心を掴む良く出来たデザインなんですよ。書き易いし。
そーゆうのがね、実は単純に危なかったりするんですよ。
現状は危うさえと向かって行ってます。
ブレや遊びがあるのが、つい最近までの日本の良さだった感じています。
6月1日 権力が目に見えて動き出しました・・・
原口 隆哉
2006/06/15 20:03
何年か前、
まんが「バガボンド」の作者が書いてました。「今の状況はオセロゲームですね」って。
私もそう思います。黒に返るか、白に返るかスレスレですね。
のりちゃん
2006/06/15 21:44
原口さんいらっしゃい。歓迎ですよ。
実はワタシもsinさんと同様に「日の丸=戦争」と実感としてあるわけではないのです。多分戦争経験者は「感性」で、ワタシのような多少でも伝聞されたものは「理性」で、戦争を連想するのでしょう。sinさんの世代の様に伝承もされていない(?)今は、「日の丸」と戦争が結びつかなくても仕方ないのかなぁ?
確かに「日の丸」はシンプルでいいデザインですよね。(ブラジル国旗など描こうにも描けない)。でもねぇ、これでもか、と強要されると良いデザインもウンザリしてしまいます。「>シンボルに縋りたくなる気持ち」なんかを、あれこれ考えているうちに「旗」ってなんだろう?、とハタと考えてしまい記事を書いてみました。また楽しいコメントよろしくお願いします。
dr.stonefly
2006/06/16 08:14
のりちゃんおはようございます。
オセロですか。黒になったり、白になったり、忙しくてしかたないですね。一応オセロはルールがありますけど、プレーヤーによって黒にも白にもなる「駒」がニホンで、プレーヤーがアメリカで、ルールはアメリカで……
dr.stonefly
2006/06/16 08:18
私も「国歌」と「国旗」がだいっきらいな人間です。何処の国のものでも、「ウザイ」という感じしかありません。自分のところでも時々その手のことをぼやいているので、何かTBさせてもらおうかな〜と思い、かなり古いですが2月26日のエントリを送りました(送ったつもり……ですが入ってないかもです。あるいは二重に入ってる可能性も。どっちの場合も、すみません……ウェブリブログも相性悪いんですよね)
華氏451度
2006/09/14 01:40
相手が「白旗」と見間違えて始まる「話し合い」ですか。相当厳しいものになりそうですね。
トンチャモン
2006/09/14 02:19
華氏さん、コメントありがとうございます。
TBはいってません。やっぱり相性がわるいのですかね。
2/26に飛んで拝読させていただきます。
dr.stonefly
2006/09/14 10:27

ここには大きな意味があると思います。
国旗、校旗、社旗、…
いろんな旗があります。
何故人は旗を振るのか。
権威を示すため?
それもあるでしょうね。
海賊旗とか月に立てた旗、南極探検隊が昔に立てた旗。
旗にはこっからは私の場所だから、と示す意味もあると思います。
実際、旗は重要だと思いますよ。
その人がどこの人か、言葉で書けばすぐにわかります。
アルゼンチン、アメリカ…など。
しかし、世界中の人に同時に伝えようとした時に壁が生まれます。『言語』の壁です。
そこに、現れる旗。
ここには重要な点がある。
一目見てどこの国かわかる。
旗のメリットは異なる人種、異なる言語を取り払う事に集約されます。


強制されるのは私も嫌いです。ですが、国旗をなくすのには些か疑問があります。
国旗は国の象徴と言っても過言ではないはずです。
それに、戦争時代私は微塵も誕生してませんが日の丸を背負った人々が悪いことを確かにしてきました。
それは忘れてはいけないし、無かったことにしてもいけません。
もしかしたら旗を見て不快に思うことがある人もいると思います。
でも、旗を見たら少なくとも戦争は忘れません。
それに、戦争をした、その事実まで含めて私達の今があるんです。
戦争した事実は変えられませんが、これからの起こりうる戦争を止めることは出来るはずです。
旗をみるかぎり自分のした事を思い出すかぎり、戦争は起きないと思います。


まあここまで言ってなんですが私は国旗国歌変えても良いと思います。
変えるから書きやすいのが良いです。
『さくら』なんてどうでしょう?
日本の象徴だと思います。
それに国旗をさくらに変え、国歌も『さくら』に変えるといいと思います。

まぁ芸者ガール富士山と言われる日本ですから海外からは不評かもしれませんが
だる
2012/02/13 21:26
だるさん、こんにちは

他のエントリーも読んで頂き感謝します。
全部のコメントにレスできずにすみません。

多分ね、「国(家)」に対する「構え」が違うんですね。ワタシは、いつしか「国家」が暗黙の前提であることに疑問を持ってしまった。その頃から「国家」が前提になる「国歌、国旗」を手放しに「あるもの」とできなくなってしまったようです。

このブログでも「じゃあ、アンタは国家なしで、生きていけるんかい!!」という指摘をうけます。まあ、おしゃる通り「国家」なかで「生活」しているわけですが、「国家のなかで生活しているんだったら、国歌、国旗を認めざる得ないだろ、ゴラ!!」と言われると(だるさんが言っているわけではなく、ネトウヨさんにはよく言われるんです)、その二択はちゃうんとちゃうか、と思ってしまうわけです。
どうちがうかは、何度か書いたかな?
またおいおいと、、、




毒多
2012/02/14 14:56

コメントする help

ニックネーム
本 文
「日の丸」を変えたところで、旗は旗… 毒多の戯れ言/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる