毒多の戯れ言

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zoom RSS 「和田義彦氏盗作疑惑」どっちでもいいじゃん…

<<   作成日時 : 2006/05/31 17:51   >>

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 愛国教育基本法やら国民投票やら保育園民営化やらしぶとい共謀罪やら、どう蹴散らしてやるか!! などと思い、ぼんやりテレビニュースをみていたら、息子の「なにこれ『まちがいさがし』?」という言葉が耳にはいり、ふぅ〜、と力が抜けていった。
 テレビの画面を見直し「そうそう、まちがいさがしだよ、2つの絵にちがうところが6ヶ所あるからあててごらん」と言ったとたんに2枚並んだ絵が消えてしまい息子が怒っている。怒る息子をみて笑いこけてしまった。

 和田という人が描いた絵である。何枚も同じような絵が並んで映し出される。もう片方がイタリアのスギという人が描いた絵らしい。素人目(ワタシ)に同じじゃん、と思うのだが、和田さんは「盗作ではない、筆のタッチも絵の具の盛り方も違うから……」と言い、スギさんは「あきらかに盗作、やりすぎだ〜」と言う。
 結論から言えばどっちでもいいじゃん…である。
 和田さんが「盗作じゃない」と言ってるのだから「盗作じゃないのだろう」では、いけないのだろうか? 本当に「盗作」かどうかは、和田さん本人が知っているはずである。

 そも何故、絵を描くか、なのである。絵を描かないワタシは想像でしかものを言えないが、おそらく「表現」なのだろう。自分の内から溢れ出て止めどない「何か」を「表現」」したくて絵を描くのではないか、と想像する。それが「絵」であっても「音楽」であっても、また「小説」なんかであっても同じではないのか。自分の表現を「他人」にも分かってほしいと思うから、一番それを表せるもの、和田さんにとっては「絵」がそれで、精神を絵に託し「表現」しているのだろう。他人はその表現に感動する、こともある。いいなー、と思うこともある。盗作だろうが、なんだろうが、和田さんの表現であるところの「絵」に感動した人がいるなら、それは、それでいいのではないのか? 盗作という疑惑が浮上したから感動が消えていくなら、その程度の感動なのだ。
 などと言ってみたが、まあ、本当に内から溢れ出る何かを表現したものが「他人の二番煎じ」になるとは思えない。まあつまりそれは既に「絵」(=表現)ではないのではないか、とは言い過ぎとしても「その程度」のものだと、言い切ってしまおう。それを見て感じる「感動」も「その程度の感動」なんだろ。

 つまり、言いたいのは「盗作」で問題になるのは、その絵の「金銭的価値」だけであり、文句を言うのは「金銭的価値」の乗って「絵」を買う人々、自分の感動ではなく評論家の評価で「絵」を見る人々、感動ではなく政治や知名度で「賞」をあげる人々、また「表現」ではなく「金銭的価値」を見越して「絵」を描く人なので、まあ全てが「金」や「地位」であり、ぎゃーぎゃー言うのは「描くのも」「見るのも」「買うのも」みーんな「同じ穴のムジナ」なんだろう。

 「金銭的価値」は「絵」の本質ではないのだよ〜

 なんて戯れ言を漏らすと「絵描き」さんに何か言われそうだな。ははははは、

 よくよく考えればこのブログの記事も著作権を主張してたな、ははは、金にはなんないけど……


以下引用

芸術選奨画家、盗作か 洋画の和田氏 文化庁調査

 今春の芸術選奨の美術部門で文部科学大臣賞を受賞した洋画家の和田義彦氏(66)が、受賞理由になった展覧会にイタリア人画家の作品と酷似した絵を多数出展していたことが二十八日、分かった。イタリア人画家は盗作だと指摘、和田氏は「一緒にデッサンしたためだ」と主張している。文化庁は、芸術選奨の取り消しも視野に事実関係を調査している。
 酷似が指摘されているのは、昨年四月から三重、東京、茨城の美術館で開催し、芸術選奨の受賞理由となった回顧展「ドラマとポエジーの画家 和田義彦展」の出展作など。和田氏がイタリア留学中に交流があったローマ在住の画家、アルベルト・スギ氏(77)の作品と構図などが似ている。
 ある群像画では、踊る人の手足の形など細かい姿勢が一致。背景以外が酷似した人物画や抽象的な描線まで似た作品もある。
 四月上旬、専門美術家らで構成される社団法人「日本美術家連盟」に匿名の投書があり、文化庁が調査を開始。現時点では十数点が似ていると判断している。文化庁はイタリアに職員を派遣してスギ氏の主張を確認した。スギ氏から盗作の正式な指摘が出れば、芸術選奨を選考した審査員に諮る方針だ。盗作と認定されれば、授賞取り消しも検討する。
 これまでの調査では、和田氏は「スギ氏とは交流があり留学中に影響を受けた。酷似しているのは一緒にデッサンしたり共同制作したためだ」と説明。スギ氏は「コピーであり、やりすぎだ。あり得ない話」と主張しているという。
 和田氏は東京芸術大大学院(油画科)を修了後、イタリアに留学。美術団体「国画会」で受賞を重ねたほか、平成十四年に安田火災東郷青児美術館大賞を受賞した。スギ氏はイタリア現代美術展の協会長も務め、同国内では著名な画家。
 美術界では、他者の作品を一部借りる行為が珍しくなく、「盗作」かどうかの判断は難しいが、国内では動物写真を無断借用した画家が大学教員を辞めた例もある。美術評論家の瀬木慎一氏は「ほかの作家の作品を使う行為は多くの巨匠もしているが、これは全然違う次元の問題だ。なぜこんなことになるのか」と話している。
(産経新聞) - 5月29日3時16分更新
 

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コメント(31件)

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木村恒久っていう美術家(美学校の講師してました。)が昔、オリジナルは存在しない、拠ってコピーも存在しない、と論陣を張りました。
東横デパートだかパルコだか忘れましたが、木村さんの作品をコピーして多額の使用料を渡しに来ました。当時、木村さんは金持ちではなかったと思います。ンンンー、木村さんは断りました。思い出したので、書きました。そうそう、木村さんはアポロが月面着陸は嘘でハリウッドで撮影されてた、と主張してました。
のりちゃん
2006/05/31 22:42
ん、オリジナルは存在しないですか……深い、深すぎる。…深すぎて、わからない。
ん、金持ちでないのに使用料を断りましたか……本物のアーチストだ。…それは貰ってもいいんじゃないのか、と貧乏なワタシは思ってしまう。まだまだだな。
ん、例のアポロの件ですね……乗組員は本当のことを知っているわけで、和田さんと同じ立場だなぁ。アポロはアートじゃないけど……、創作ならアートかもしれないなぁ……深い、深すぎる。
 木村さんとお話がしてみたい。

 すてきな情報ありがとうございました。
dr.stonefly
2006/06/01 05:31
和田さんの絵は「ぬり絵」としての価値しかないということだと思うよ。
「絵」を鑑賞するとき、構図・ポーズは一番のベースとして重要なこと。それを他人から引用したのだから、盗作で良いんじゃない?
少なくとも和田さんの絵を観て感動したり、そこに価値を見出した人は、その作品の構図が重要な前提としてなりたっているんだから、怒っても仕方ないと思うし。
124
2006/06/02 10:46
124さんコメントありがとうございます。
なるほど、「構図」「ポーズ」が絵のベースとして重要なんですね。つまり盗作のポイントであるか否かの、大きなポイントとして「構図」「ポーズ」があるわけですね。それでは素人のワタシが見ても盗作でしょうね。スギさんが怒るのもよくわかります。
和田さんが罰せられるとしても仕方ありません。
よくわからないのは、124さんの言うところの「ぬり絵」でも評価されるということです。オリジナルが分からなければ、「ぬり絵」が評価されていたわけですよね。「絵」というのは、そんなもんなんですか? どうも附におちないので「どっちでもいいじゃん」と言ってしまいました。勉強不足ですみません。
dr.stonefly
2006/06/02 11:50
たとえば音楽で考えてみると凄く素敵で大好きだなと思うアーティストがいたとする。そのアーティストの大ファンで、こんな美しいメロディにこんな切ない歌詞が凄い!って思っていたところ、実は外国のアーティストが作った曲の歌詞を日本語に訳しただけだった。
そんな例えではどうですか?
確かに和田さんには「アレンジメント」としての才能はあると思う。実際盗作のもとになった絵と観比べて、和田さんの方が素敵に仕上がっている絵もあると感じる。
でもそれはやっぱり、大元となったベースがあってこその物で、彼が生み出せた物ではない。「自分が苦労して生み出した物でない作品」は外壁だけ変えたような手抜き作品。
「ぬり絵」でも先の例えのように、彼自身が作詞作曲アレンジしたものとして評価されていたならば、その評価はなかったものになると思う。
まどろっこしい例えでゴメン。
124
2006/06/02 12:33
 なるほど音楽ですね。確かに素敵だと思う音楽が盗作だと知ったときは落胆すると思います。でも、音楽というのは「カヴァー」というのがありますよね。最初から「カヴァー」と宣言してアレンジしても評価は得られることもありますし、クラッシクの演奏なんか全てが「カヴァー」ですよね(また語弊のある言い方をしてしまった)。つまり124さんがおっしゃるように、和田さんも最初からカヴァー(模写)ですよと宣言すれば問題なかったとは思うのですが、それにしても音楽と違って「絵」は評価されないようですね。ここでは、何故「絵」は評価されないのだろう……という疑問はほっときます。
 今回の絵は和田氏の盗作というのはわかりました。では、何故「盗作」がいけないのでしょうか? 何故世間は「盗作」が最初から悪い事として騒ぐのでしょう? まず、やっぱり「金?」という疑問が湧き、「金」=「芸術」じゃないよな、と沸々とわき起こったため記事を書いてみました。
dr.stonefly
2006/06/02 14:16
 たぶん124さんは「盗作で良いんじゃない」というコメントだけだったのでしょうけど、返事をいただき、面白かったので深めてしまいました。大変申し訳ありません。もし「金」「地位」が絡まなくて「盗作」は駄目だとご教授いただけるのでしたら、またコメントください。(ワタシはなんとなく駄目のような気がしてますが……)
dr.stonefly
2006/06/02 14:16
ふとこのブログを読んで気になったのは
>>和田さんが「盗作じゃない」と言ってるのだから「盗作じゃないのだろう」では、いけないのだろうか?
この部分がどうしても引っ掛かったから。
全ての表現者において、自分のクレジットというのはとてもデリケートな問題。(音楽においても、絵画の模写においても、真の作者を明記した上での作品ならばOK)今回盗まれたとする人からすると、あまりにも配慮のない発言だと正直感じた。
124
2006/06/02 15:54
「金」や「地位」ではなく、最初に作品を生み出した人の想いが一番の重点で、それを土足で踏みにじる行為は恥ずかしい行為ことだと思う。
今回の和田さんの作品においては「元の作品からインスピレーションを受けて、自分の中で咀嚼して画きあげた」というものが伝わってこない。残念ながらあの絵を見比べると、「間借りしたお手軽感」がぬぐえず、それは表現する人間にとっては恥ずかしい行為。要は「盗んだ」ということが明確に感じる。
絵の世界においては、「技術は盗むもの」「メッセージは生み出すもの」だと思う。物言わずそこに存在することで、喜び、悲しみ、軽やかさ、重々しさ、それらのメッセージを発している絵が、人に感動を与える絵。そこに絵の価値が凝縮する。オリジナルのメッセージを持たない絵は、どうあがいてもオリジナルのメッセージには勝てない。そんな気がする。
124
2006/06/02 15:54
124さん、お忙しいだろうところ丁寧な説明、本当にありがとうございました。本文中、>和田さんが「盗作じゃない」と言ってるのだから「盗作じゃないのだろう」では、いけないのだろうか? という部分の指摘も含めて感謝です。
124さんにとことんコメントして頂いたことで、この記事も完結することができました。共同作品ということにさせてください。(笑)
ワタシにも「想いを咀嚼して描きあげた本物の絵」と「間借りしたお手軽な絵」を見極める眼力があれば、もっと楽しく絵画鑑賞ができると思うのですが……
dr.stonefly
2006/06/02 16:32
本当に恥ずかしい問題です。

和田氏を担ぎ出した美術評論家Y倉やT、画商、学芸員、文化庁担当者、T百貨店の美術担当者はきちんと出てきて説明し、責任を取るべき。

5500
2006/06/03 10:07
5500さんコメントありがとうございます。
もともと「金」や「政治」だろう文化庁担当者や百貨店の担当者(画商は微妙)は嘲笑で済みますけど、美術評論家や学芸員は致命傷ですね。眼力のなさを世間にさらしたわけで転職したほうがよさそうですね。
「金」も「政治」も関係なく和田さの「絵」に惹かれ心酔していた方々は、ショックかもしれませんね。特に「絵描きさん」を志す人は苦悩かもしれません。
>本当に恥ずかしい問題 の「恥ずかしい」という部分は奥が深そうですね。
dr.stonefly
2006/06/03 12:00
米倉守は出てきて今回の騒動を、謝罪すべき。
2b
2006/06/04 08:17
いいわけないだろ。
北野
2006/06/04 23:29
「盗作」が問題なのは「金銭的価値」だけではない。

本当に貴方の主張する金銭的価値だけが問題ならば無名の画家が描いた金にならない作品を盗作すれば何の問題にもならない事になるが、実際にはそうではなく大問題なわけで、貴方の論理が間違っている事は明白である。

他人の作品を盗むのは金だけの問題ではないのですよ。
北野
2006/06/05 00:49
2bさんコメントありがとうございます。
5500さんのいうところのY倉とは、米倉さんのことなんですね。
情報ありがとうございました。米倉さんも自分の「眼力」がなかったことを省みればいいのでしょうが……
dr.stonefly
2006/06/05 06:08
北野さんコメントありがとうございます。
ワタシが「金銭的価値だけの問題」と主張しているかどうか、もう少し記事をちゃんと読んでいただけると有難いです。(124さんのコメントの辺りでも答えているつもりなんですが…)
でも、コメント頂けたので(反撥されると思いますが)もう少し解説してみましょうか……。「芸術」の本質をとことん追求して「形而上」の視点まで昇華させたとき、やはり「どっちでもいいじゃん」と言えるのではないでしょうか? というのがホントに言いたかった点です。まあ、素人がふと考えたことなので誤謬はあるかもしれません。「真の芸術家」の方がどう考えているのか興味あります。(コメントの木村恒久さんの話は、そそられました)
dr.stonefly
2006/06/05 08:19
『つまり、言いたいのは「盗作」で問題になるのは、その絵の「金銭的価値」だけであり』
と書いておいて見苦しい言い訳ですね。
ハッキリと書いておいて誤解もヘッタクレもないですよ。
北野
2006/06/05 15:00
和田氏は、盗作を認めようともせず、非常に腹が立つ。素人の私がテレビで見ていても、盗作そのものと判断できる。和田氏は世間をなめているのか。訴訟を起こされるべき人間だ。
ks
2006/06/05 16:26
ksさんコメントありがとうございます。
と、取り敢えず、落ち着いてください。しょうもない人のしょうもない態度に腹を立てたりしては損です。精神衛生上よくありません。
可哀想な人と思ってスルーしましょう。自分を低いレベルに合わせて感情的にならなくても、みんなksさんの気持ちはわかってくれます。
和田さんはスギさんの判断によって訴訟されます。もし訴訟されなくても和田さんのつまらない人生にksさんがイライラしても仕方ないのです。
気持ちを大きくもって大局をみましょう。落ち着いて下さい。
dr.stonefly
2006/06/05 17:33
私は落ち着いてますよ。
ただ和田氏はいい歳しているのだから,自己責任
のとり方を勉強すべき。
最近の人間は、権利と義務のとり方をまちがっている。本当に危機感を覚える。
人間に将来はない。
ks
2006/06/05 20:59
木村さんの論拠は忘れました、30年も前の事なんで。今私に想像できるのは、真の芸術はすでに自然の模倣であり、魂が震える芸術はもはや個人の仕業を超え、神のなした業だと考えた方が妥当、ってことかなー、と思いました。
のりちゃん
2006/06/05 21:30
追記・・
それ以外の芸術らしきものって、
ウフッ・・
生業じゃん・・
だったら、経済の仕組みに巻き込まれて当然だから、模倣とか特許とか権利とかそんな仕組みの中で語られてもしょうがないよね。
  最近ね、真実のアートって、誰のものでも  ない気がしてきたよ。
のりちゃん
2006/06/05 21:43
魂の震える芸術は神のなした業ですか……涙が溢れそうですね。
そんなアートがあるとして、ワタシがそんなアートを感じることができたら、またワタシのなかの世界がかわれる気がする。
このさい生業は損得関係のある人々にまかせましょう。
dr.stonefly
2006/06/06 08:37
皆さん、何か「こむずかしく」なって来ていません?
このサイト。もっとシンプルに考えて下さい。ちなみに
私も芸術家です。和田氏が遥かイタリーまで年に何回も出向いてカタログを集め、写真を撮りまくり、そして遥か日本まで戻りほぼコピーと言える作品を何十点と時間を掛けて制作しそれを何の但し書き(インスパイアーとかオマージュとか...)も付けず自分のオリジナルとして発表し、高価な
値段で販売し、美術評論家の高い評価を喜んで受けてい
る。もうそれだけ考えただけで、芸術をやっている人間
から考えたら想像を絶する世界です。彼のやってしまった    
ボクも芸術家
2006/06/09 02:23
事は「議論以前」の汚い行為です。思考過程が犯罪者と同じじゃないですか。彼がしてしまった事で人が盗作とは何かどこまでの模倣が許されるのか?とかの議論の場を提供した...とかどこかのサイトで言っている方もいましたが、この商業社会で売れている作家達がノルマとか締め切りの為にプレッ
シャーの中で「盗作行為」をしてしまうケースは、もう皆さんご存知のように歌の世界を含め、多くの疑わしい例が多々あり、特別新しいニュースではありませんので、彼が何か課題を提示したとも思いません。本当は創れない時は作家は創れない!と言えばいいのですけどね。この事件のポイントは和田氏が自分の作品に使える素材を持っているスギ氏
ボク、続き
2006/06/09 02:25
に近づき、(最初は友情だったとか、そんなのはどうでもいい。)自分の新作になる材料を得ていた。というこの時点でもう和田氏の芸術家としての存在は終わっていると思います。スギ氏を何と思っているのでしょう。これはスギ氏のク   
リエイティブを純粋なものと信じての発言ですが、あの高齢になるまで自分の「絵」を何十年と追求していたある日、ある日本人があらわれて言葉巧みに彼の心の中に入り込んで来て、純粋なスギ氏はYOSHIHIKOくんを心から信じていたの 
ボク、続き2
2006/06/09 02:26
だと思います。和田氏を提訴しないと言っている事にスギ氏の優しさが現れています。その心を踏みにじっただけで私的には芸術家として、絶対に許せません。ところが、和田氏の心の中にあった感情は単純に「ばれないだろう。」とかそんなレベルの低ーい感情だったと思うと...本当に悲しくなります。芸術家としてのこれだけの大罪を犯してしまった義彦さんは今後どう出てくるのでしょうか、メディアを通じての和田氏の人間性を見ていると...これからも「あがいて」いくんだろうなー、と思います。が、こうして欲しいです、
もう一回イタリーに飛んで(もう盗むもの無くなってしまいましたが。)行ってスギ氏に土下座をして謝り。スギ氏の「模作」から発生した売り上げの70%(オリジナル料7割。ペイント料3割。)を支払い。日本に帰国してから和田氏がメディアでホットな内に記者会見を開き。「今回のこのような芸術家としてあるまじき失態を犯してしまいました社会的責任を取りまして今後、一切の芸術的活動を封じる事に致しました。」と締めくくって欲しい
ボク、続き3
2006/06/09 02:27
ボクも芸術家さん、コメントありがとうございます。
ややこしい記事を書いてしまってすみません。この記事は、ワタシ自身が盗作事件をきき、ふと「芸術ってなんだろう」と考えてしまった記事なんです。
冒頭の「シンプルに考えてください」が「シンプルに『芸術』を考えるとき」と「シンプルに『盗作』や『道徳』や『情』を考えるとき」でベクトルが変わってくるのは、みなさんのコメントを読んで頂ければわかって頂けると思います。
「シンプルに『盗作』を考えるとき」ボクも芸術家さんのご意見はよくわかります。(スギさんへの支払いの下りの割合は、ワタシには発想さえありませんでした。)
 おそらく芸術家スギさんにとっても非常に迷惑な話だったでしょう。でも、ワタシは、スギさんが提訴しなかったのは、「優しさ」ではなく「スギさんが芸術家」だったからのような気がしますが、如何なものでしょう。
dr.stonefly
2006/06/09 08:32
昨日、この問題をアート系の講義で初めて知っりました。最も興味深く拝見させていただいたページでしたのでお礼のコメントをさせて頂きます。日々生活している人間は、外から様々なメッセージを受ける。その中から何かを得たり遠ざけたりしながら、自分というものをおぼろげに知る。表現は、それら経験を養分とし、自分にとっての「本当」まで煮詰めた上で為されて欲しい。群れとして生きていく人としての願い、その強さがあれば、模倣はあっても盗作はありえないのですが。
谷本
2009/08/17 22:09
谷本さん
お礼のコメントですね。ご丁寧にありがとうございます。
アート系の講義ですか? なるほど。ワタシにはアートが何かはわかりませんが、この盗作問題はアートの本質を見出すための提議だったかもしれませんね。

2年半もブログを綴っていると、思索も微妙に変わる部分があるのですが、久しぶりに振り返ってみて、2年前の自分はこんなことを考えていたんだ、って不思議な気持です(笑)。

とはいえ今、書いても同じ様なことを書くと思うのですが、やはり
「何のために絵を書くか」ってことに尽きるのかな?
アートとは、「書かずにいられない」「それを書く為に存在しているんだ」「これを書かなければ生きる意味はない」ってとこまで昇華した自分自身(存在そのもの)かもしれない、と今は思ってます。
dr.stonefly
2009/08/18 10:39

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「和田義彦氏盗作疑惑」どっちでもいいじゃん… 毒多の戯れ言/BIGLOBEウェブリブログ
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