毒多の戯れ言

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zoom RSS 「雑草と花壇の花」草むしりで目眩、そして妄想

<<   作成日時 : 2006/05/18 12:59   >>

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今、むしり取られる個性ゆたかな草花よ、君たちの名は雑草。
栽培者の支配を拒み、自由に生きる君たちは畏れをもって蔑まれる。
君たちを嘲笑するのは、花壇という造られた枠で生きる植物たち。
栽培者の思うがままに生かされる、末端肥大な植物たち。
彼らは決められた枠の中で生かされていることに気付きもしないまま、
彼らは彼ら自身を仕切る花壇そのものまでも誇っている。
彼らを疎まれながらも枠を拒み生きる君たちは、どこまでも自由を希求する。
乾燥に耐え、肥料を拒み、自由を希求する。
花壇のなかで威張る花の様に、支配を求め生きることはできない。
自由であろうとする君たちは、目障りな雑草と括られ、生きることさえままならない。
やはり世は花壇のものなのだ、と栽培者は規定する。
 
君たち雑草は、栽培者の枠外という理由で抜き取られる。
そう、君たちは支配できない鬱陶しく見苦しい草花であるために。
また君たちは、管理できない奔放さのために嫌悪される。
花壇の花たちは自らを疑うことはない。
その凝り固まった自信過剰な観念に彼らは支配されているのだ。
そんな彼らの観念のもとで君たちは、存在すら許されない。

花壇の花は、栽培者の意図を植え付けられ、育ち、肥大する。
水と肥料を与えられ育ち、肥大する。
花壇の外のみすぼらしい容姿の雑草を見下しながら、肥大する。
栽培者はそんな花壇の花を眺めながら笑う。
花壇の花は栽培者の趣くままに、造られた大輪の花をひろげる。

雑草たちよ、たとえ引き抜かれようと花壇の花を恨むのはよそう。
君たちを否定するのは、栽培者と花壇なのだ。
あの花壇の花は、なぜ、君たち雑草を憎もうとするのか気づいていない。
あの花壇の花は、なぜ、君たち雑草を否定するのか気づいていない。
君たち雑草にできることはあるはずだ。
まずは、花壇を造るレンガを崩そうか。
わずかな隙間に根を張って、強固なレンガを崩そうか。
巨大なレンガを崩したら、盛り上がった土を平らにしてみようか。
栽培者があきらめ、放棄するまで、何度でも。
いつか、雑草が、花壇の花が、全ての花が、同じ地平に咲くのなら、
栽培者の支配から逃れることができるなら、
栽培者を否定できるなら、
同じ風景を見るかもしれない。


学童保育所の大掃除で草むしりを割り当てられ、草をむしりながら、飛んだ意識をぼんやり見つめた妄想。

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