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<<   作成日時 : 2006/04/09 06:43   >>

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ホームレスを殺す子どもたちで紹介した「荒子川事件」の判決結果です。

06年3月30日、名古屋地方裁判所刑事第2部鈴木裁判官は、懲役1年6ヶ月、未決勾留日数70日の算入、執行猶予5年という判決を出しました。 

詳しくは
名古屋・荒子川公園事件の真相と判決公判のお知らせ/笹島連絡会・藤井?

とりあえず執行猶予でほっとした、というのがワタシの最初の感想。
ワタシには藤井氏の言いたいことがほぼ解るのだが、ここに書かれた藤井氏の言葉が理解できずに腹をたてる人は多いだろう、と考える。
名古屋白川公園行強制排除での政代執行の市民の反応、扇町公園での住民登録裁判勝訴の市民の反応、うつぼ公園での行政代執行の市民の反応しかりである。
全ての人に藤井氏の言い分がわかるとするなら、ホームレスを抱える社会の問題が今ほどもつれ、感情的にはならない。
ここで藤井氏に違和感をもつ人は、「子どもvs成人」「一般市民vsホームレス」「エアガンvs包丁」「たかが子どもの罵声」という表面的事実によってしか事件に向き合うことができないのだろう。
事件のもつ根はもっと深いことを知らないか、知ろうとしない。
「ホームレスが排出される問題」
「ホームレスを取り巻く問題」
「子どもを育てられない社会である問題」
「子どもたちを取り巻く問題」
「子どもという社会的弱者とホームレスという社会的弱者が傷つけ合っているという問題」
「社会的弱者とは強者によって位置づけられる観念で、そうした強者が自分を強者と意識してない問題」等、問題は果てしない。
多くの市民が問題の根底を追及しようとしないのが現実である。
しかし、藤井氏もそうしたマジョリティに対し、理解できる説明をすることを怠ってはいないだろうか? 
私も藤井氏と同じようなところがあり、自戒の気持ちをこめた意見である。
この荒子川事件は市民同士が、ホームレス側に立つ、子ども側に立つ、といったことで分断される問題では決してないし、そうなってはいけない。
私を含め、全てのものが謙虚になり、大人になり、大局的な視野によって思考できればと思う。

偏見から共生へ―名古屋発・ホームレス問題を考える
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