毒多の戯れ言

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zoom RSS 子どもと歩けばおもしろい 加藤繁美著 (小学館/2002.8)

<<   作成日時 : 2006/03/27 08:32   >>

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M保育園のH保育士に「ちょっと難しいかも…」と前置きののち薦められたのだが、結構おもしろく読めた。そうは言っても多少は考えながら読まないと理解できないかもしれない。
第1章では、「子育ては喜びと苦渋の間で」と題し、「子どもの出来、不出来は母親の責任」というイデオロギー批判から始まり、社会ほ変化のなかで「学校」に焦点を合わせ、(母)親自身が「育てられる側」から「育てる側」(親に)育っていく機会を奪われていると展開していく。またいわゆる「受験戦争的な学校」を中心に育った親がその呪縛から脱出できずに「(超)早期教育」に走る実態と「子どもに与える弊害」を実例を示しつつ紹介している。また、実際の「子育て」のなかで苦悩する親の例を紹介しつつ、親と親が出会う機会を重視し、「おそらく21世紀は、こうして親たちが育ち合う関係を創造する仕組みを社会の機能の中にきちんと位置づけ、子育ての仕組みをデザインする脳力が求められる時代になるだろう」と締めくくられる。
第2章になると、「子どもが「自分」と出会うとき」と題され、子どもが社会的人間として育っていくプロセスを図解入りで説明されている。詳しい説明は著書にまかせるが、年齢によって「今どんな時期にあり、どんな関わりが必要」かを理解する事が出来、体系的に理解するのが好きな人、または、求めている人にとっては面白い。そしてこの2章で一定の結論に至る。
育児のなかで、「子どもの自主性、主体性を大切にする子ども中心主義」と「管理的な大人中心主義」を対比させ語られることを「子ども中心か大人中心か、という二元的な発想でしか教育を語ることができない思想は貧困」とズバッと斬る。二元的発想というのは、「育児・教育」だけでなく、いろいろな場面で登場するが「思想が貧困」と断言するのはある意味気持ちいい。さて、「教育・育児」のなかでは、大人〔主体〕─子ども〔客体〕、大人〔援助者〕─子ども〔主体〕という貧困な発想を斬り捨て、子ども〔主体〕─大人〔主体〕で行こうと提案される。これってすごいことじゃない?って、もともと対等でない、大人と子どもの関係のなかで具体的にはどうするの?ということになるのだが、著者は、「対話的関係」と位置づけ説明している。
第3章で「対話的関係」について実例を挙げ解説している。
H保育士のいうところの「すこし難しいかもしれない」というのは第2章の発達段階の説明のあたりのことかもしれないが、じっくり読んでいけばたいして難しくもなく、この著書の中心であることがわかる。さらにいえば、P117〜P120がすべてであると言い切っては著者に叱られるかもしれないな。
子どもと歩けばおもしろい―対話と共感の幼児教育論
子どもと歩けばおもしろい―対話と共感の幼児教育論

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